21 ミルフィオリの職人
それはまあ、彼らはその道に生きて長いのだ。
人生のすべてを焼き物にかけているような男たちだ。
テレーズが語った意匠について、ジャスパーが望むほどの反応を得られたかといえば。
残念ながら、それほどではない。とはいえ。
「うんうん、テレーズ様はいい審美眼をお持ちですねえ」
体の細い方の親方は、嬉しそうにうなずいた。
それまでお嬢様と呼んでいたのが、いつのまにかテレーズ個人の名へと敬意を払っている。
細い方の親方は当初、革のエプロンをぴんと張って、すこしでも見栄えよくふるまおうとしていた。
今はとりつくろったテレーズへの媚びよりも、職人としての魂が引き起こす、図々しい好奇心が勝っている。
「テレーズ様、今度は領主様抜きでいらっしゃい」
だからこれは、よこしまな動機による申し出ではない。この時点では。
「工房一の目利きであるあたくしと、焼き物の美しさ、奥深さをもっと語り合いましょう」
「ジャスパー様抜きで、ですか」
テレーズは当惑し、ジャスパーを見上げた。
ジャスパーはテレーズを守るようにして肩を抱き、その手を離さないでいる。
テレーズのまなざしに気づいたジャスパーが、すばやくテレーズの頭にくちづけを落とした。
「ぬかせ」
機嫌よさげな目じりのしわをたくさん作って、ジャスパーは言った。
「むさくるしい男所帯に、テレーズ嬢ひとり送り出せるはずがねえだろう」
「それならば領主様」
細い方の親方が、好色そうに口をゆがめる。
「そちらのお美しい女性がテレーズ様とご一緒にお越しくだされば、ひとりではございませんよ」
「そちらさんは気が強そうだからな」
太い方の親方がナタリーを見てうなずく。
「こいつが不埒なことを考えたところで、こいつの細っこい腕のひとつやふたつ、折っちまうくらいの腕っぷしもありそうだ」
「やめておくれ!」
細い方の親方は両腕をひしとかき抱き、甲高い声で叫んだ。
「折るなら腕より脚にしておくれよ。腕がなまっちまったら、なんの細工もできなくなっちまう!」
「おまえが妙なことをしなきゃいいだけの話だろうが」
太い方の親方が、呆れたように首を振る。
「美人を美しいと愛でることのなにがいけないのかね」
細い方の親方はエプロンの前でこぶしを作り、ぶるぶると震わせた。
「なんたってキャンベル人ときたら、誰も彼も、風流ってもんをわかっちゃいないんですからね」
ジャスパーの片眉が上がる。ナタリーの顔つきが険しくなる。
太い方の親方やそのほかの職人、徒弟たちが息をのんだ。
「領主様」
太い方の親方が口を開く。
ジャスパーはにやりと笑って、首をふった。
太い方の親方は小さくうなずき、口を閉じた。職人たちは不安げに顔を見合わせる。
「こいつときたら」
細い方の親方は何も気づくことのないまま、太い方の親方を肘で小突いた。
「何年焼き物をやっているのか疑いたくなっちまうくらい、繊細な造形への感性に疎くてね。こりゃあ陶器とガラスの違いかねえ」
「女主人と扈従とで服装の違いすらわからずに、よくもそう、『繊細な感性』を自慢できるこった」
太い方の親方はちらりとジャスパーを見て、それから細い方の親方に憎まれ口をたたいた。
「職人には素材を見抜く目が大事だろうが!」
細い方の親方が太い方の親方につめよる。
「すると、なにか?」
ジャスパーが笑顔を浮かべ、腹から出した迫力ある声でたずねる。
「おまえさんは女主人と扈従とで、素材の優劣をつけてたってことか?」
「いえいえ! とんでもねえことにございます!」
ここにきてようやく、細い方の親方は己の失言に気がついたようだった。
「あたくしはただ、バカなお調子者でございまして」
「なんだそりゃ」
平身低頭して謝る親方に、ジャスパーは笑った。
「まあ、おまえさんと俺とで、女の好みが一緒じゃねえのは、実際ありがてえことだがよ。あんまりバカなことは言ってくれるなよ」
「へえ。申しわけないことでございます」
細い方の親方は、ふと思い立ったように顔を上げた。
「はて、バカなことと言えば」
親方の細面に、翳りがさす。
「先祖もまた、あたくし以上のバカをしたもんですよ、まったく」
「先祖だと?」
太い方の親方が鼻を鳴らす。
「そんな話が急にどっからわいたんだ。ごまかしてえんなら、もっとうまくやれ」
「そんなつまらない話じゃないよ」
細い方の親方は、そっけなく言った。
「あたくしのお調子者が、先祖由来だって話だ」
「おまえさんの先祖といえば、ミルフィオリのことか」
ジャスパーは顎髭を引っ張り、たずねた。
「ええ、そうです。領主様」
細い方の親方がうなずく。
「ミルフィオリ人はお調子者が多いんでさ」
「あたくしと同じように」
細い方の親方が、物言いたげな太い方の親方を一瞥する。
「やいのやいのともてはやされて、いい気になって。その結果、国ごとまるっと滅ぶんじゃ、世話ねえって話ですよ」
「そりゃあ、おまえ」
太い方の親方は顔をしかめ、思わずといった風情で細い方の親方の肩に手を置いた。
「よしとくれ」
細い方の親方は、気づかわしげな相方の手を振り払い、口をゆがめて薄く笑った。
「ミルフィオリ人にお調子者が多いってだけの話だろうが」
「そうでしょう、領主様」
細い方の親方がジャスパーを向かい合う。
「おう」
ジャスパーは細い方の親方の射貫くようなまなざしを受け止めた。
「続きを話してみろ」
「お言葉に甘えまして」
細い方の親方が、ジャスパーに頭をさげる。
「『暗殺者のダガー』なんてさ。ミルフィオリのガラス技術がもてはやされたといっても、そういったものに手を出しちゃあいけなかったのさ。芸術は芸術のまま、美しいものだけを作っていりゃあよかったのにさ」
作業台の上の皿を手に取る。
てっぺんが細く円錐形に盛られているのは、ガラスを作るときにも用いる砂だ。
磁器用の粘土をつくるとき、この砂をどれだけ配合するのか試行錯誤しているのだと、細い方の親方が説明していた。
「芸術品に機能美が必要なのは、そりゃあそうさ。ガラスも陶器も関係なしに、職人の誰だって知ってらあ」
細い方の親方は砂をつまみ、ぱらぱらと砂粒を皿の上に落とした。
「だけどもさ。暗殺に用いることができちまうほどの、武器としての実用性までは、芸術に必要なかったんだ」
砂をつまんでは落とすのを繰り返す。
細い方の親方は、砂の山がくずれていくのを見つめた。
「それだからこうなっちまった」
そこまでを細い方の親方は共通語でしゃべった。
最後に彼は、工房にいるほかの誰もが聞き取れぬ言葉で締めくくった。
「ガラスの都ミルフィオリの驕りさ。芸術を司る神の逆鱗に触れちまったんだ」
細い方の親方が用いたのは、亡国ミルフィオリが公用語と定めた言葉。
いまや、その言葉を公用語として定める国をひとつ失った、キャンベルはもちろん、フランクベルト王国には馴染みの薄い言葉だった。




