20 磁器窯
浅瀬の湖をジャスパーのボートで一巡したあと、一行は近くの集落へと顔を出した。
ミルフィオリ人のガラス職人とキャンベル人の陶器職人のふたりが親方をしている共同工房を覗けば、徒弟の少年がおざなりに礼をして、慌てて親方を呼びに駆けていった。
ロジャーは窯には興味がないとばかりに、繋いだ馬車の番代わりに、昼寝を決め込む。
ジャスパーとテレーズとナタリー。
全員が揃って、きょろきょろと工房を眺めているところへ、うすよごれた革のエプロンをかけた親方ふたりが、表の工房へとやってくる。
太いのと細いの。
ふたりの親方を見比べ、ナタリーは太い方がミルフィオリ人で、細い方がキャンベル人だろうと当たりをつけた。
「これはこれは、領主様」
後退した髪を手でなでつけるようにして、細い方の親方が愛想よく挨拶した。
細い方の親方には、ミルフィオリの訛りがあった。
なんだ、はずれか。ナタリーは内心舌打ちする。
「女性をお連れとは珍しい。おふたかたとも、またずいぶんお美しいですねえ」
細い方の親方が、好色そうな目つきでナタリーとテレーズを品定めする。
「もしや、領主様」
ようやく愛人でも囲う気になりましたか。
その先をにごし、細い方の親方が含み笑いでたずねるも、ジャスパーは喜色満面で「ああ」とうなずいた。
「こちらはモールパ家のテレーズ嬢」
ジャスパーはテレーズの肩を抱き、自慢げに言った。
「俺の婚約者殿だ。美しいだろう」
「なんと」
細い方の親方は目を見開いた。
「そうでしたか。ご婚約なされたのですか」
ナタリーの豊かな胸元を一瞥し、そのあとテレーズの薄い胸元へと視線を戻す。
「それは、おめでとうございます」
「おうよ」
ジャスパーはうなずき、ぐるりと工房を見渡した。
「ちょっくら見学させてくれねえか」
「どうぞどうぞ」
細い方の親方は、笑顔で了承した。
「高貴なる方々にお見せするには、あちこちかたづいていないものでお見苦しいところもございますが。どうぞご容赦ください」
「おい、ニック」
太い方の親方が、さきほどの徒弟を呼ぶ。
「案内してさしあげろ」
「はい、親方」
ニックと呼ばれた、顔立ちの整った徒弟の少年がうなずく。
「忙しいところに悪いなあ」
ジャスパーは親方ふたりに詫びると、テレーズの肩を抱いたまま、ニックの先導のもと、完成した磁器の、その試作品が並ぶ棚へと向かった。
ナタリーが数歩遅れで、ジャスパーとテレーズのあとを追おうと足を踏み出した、そのとき。
親方ふたりが何ごとかをこそこそと言い合う、低くおさえられた小声が耳に入った。
「そりゃそうだろ」
太い方の親方は、あきれたように言った。
「領主様が愛人なんざ、囲えっこねえんだ。そんなに器用なお方なら、とっくに嫁をもらってるだろうが」
「それにしても、おまえさん。なんだって女がふたりいて、はずれを選ぶかね」
細い方の親方がすこしばかり高い声で反論する。
「モールパのお嬢様ときたら。顔のつくりは悪かないが、あんなに肉付きが薄いんじゃあ、ニックと変わりないじゃないか。領主様はソッチのご趣味だったのかねえ」
ナタリーは思わず振り返った。
細い方の親方は、ナタリーの様子に気がついていない。
「バカ言え」
しかし太い方の親方は、しっかりとナタリーの目を見て言った。
「もうひとりは領主様の女版みてえじゃねえか。あれじゃあ愛人にもなれねえだろうよ」
太い方の親方は「ちゃんと言ってやったぞ」というように、ナタリーにうなずいてみせた。
ナタリーは口と眉毛をひんまげ、複雑な心地で、だいぶ先を行くジャスパーとテレーズのあとを追った。
テレーズを貶めることは、断じて許されない。
かといって、ナタリーがジャスパーの女版だなんて。そんなことがあるだろうか。
この工房にきて、まだろくにしゃべってもいないのに。
「これを砕いて、粘土にするんです」
ニックが作業台の上に転がる石を手に取り、客人へと示した。
作業台の上には、ごろりと大きな陶石がいくつも転がっている。
それを鎚で粗く砕き、砕くた陶石は石臼を用いて、粉状になるまでさらに細かく砕くのだという。
その際に、乾いたままで粉上に砕いてあとから水を加えるのと、水の中で石を砕くのと。どちらがよい粘土となるのか、実験を重ねていると説明される。
形成のしやすさや、焼き締まりのよさ、つや、白さ。
検討するべき項目は、たくさんある。
親方ふたりのうち、体の細い方の親方がやってきて、ニックの説明では足りない、陶石の配合についても言及する。ひとつの石を単純に砕くだけではだめなのだという。
ガラスのようなこまやかな光沢を出すために。はっとするような無垢な白さを取り出すために。
石の選別と配合が肝なのだと、熱心に語った。
それからもちろん、釉薬についても。
工房の外へと出向けば、丘陵に並び立つ大きな登り窯。
慎重に火の番をする職人たちから、窯内の環境調整の重要性を説かれる。
燃え盛る高温の炎の中、いままさに磁器が焼かれんとするのを目の当たりにし、ジャスパーとテレーズのふたりは目を輝かせた。
そうして一通りの見学を終えると、ジャスパーは改めてテレーズを親方ふたりに紹介した。
「テレーズ嬢。このまえ俺に披露してくれた意匠を、こいつらに教えてやってくれ」
ジャスパーに肩を抱かれていたかと思えば、テレーズはぐいぐいと親方や職人たちの前へと押し出される。
細い方の親方は革のエプロンをぴんと張り、テレーズにへつらうような笑みを見せた。
領主様の連れてきた、若さと金払いのよさが取り柄の、ものしらずで自己顕示欲たっぷりの、金持ちのわがままお嬢様。
意を汲んでやるようなかっこうで機嫌をとり、調子を合わせてやればじゅうぶんだろう。そんな考えが透けて見える。
テレーズが振り返れば、ジャスパーがにやにやと笑っていた。
「皆様のお気に召すようなことが言えればよいのですが」
テレーズはぎこちなく、しかし、できるだけ愛想よくほほえんだ。
「ええ、ええ! お嬢様」
細い方の親方が、ミルフィオリ訛りの甲高い声で言った。
「もちろんですとも。きっとお嬢様のすばらしいご提案は、あたくし達を仰天させてくださいますよ!」
「おりゃあ、焼き物の腕にかけちゃあ一流だと自負しているが」
太い方の親方が、不器用な笑みをつくる。
「若い娘さんの感覚は持っちゃいねえだろう。新しい磁器をつくるのに、新しい風は必要だ」
あきらかに世辞を言い慣れていない親方がそう言うと、ジャスパーは腰をかがめて頬をテレーズに寄せた。
ずらりと並ぶ職人たちの顔つき。頑固で矜持高き男たち。
テレーズと視線の高さをそろえたジャスパーが、ひとりひとりの顔へ視線を走らせた。
ジャスパーの口の端が吊りあがる。
その顔つきときたら、これまでになく斬新な悪だくみが思い浮かんだばかりの、手に負えないいたずら坊主のようだ。
「よし、テレーズ嬢」
テレーズの肩をつかむジャスパーの手に、ぐっと力がこもる。
「こいつらの凝り固まった偏見を、ガツンと打ち砕いてやろうじゃねえか」




