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13 ナタリーとレオンハルト(2)




 その日、キャンベル辺境伯騎士団は常にない騒乱の中にあった。


 ――第五王子殿下が、我が騎士団に武者修行しにきたらしい。


 豪華絢爛(けんらん)なる四頭仕立ての馬車でお出ましになった、第五王子とその護衛、扈従(こじゅう)たち。

 キャンベル辺境伯騎士団の面々は、おののいた。


 キャンベル辺境伯の領土は、隣国と接する北の国境にある。

 王都から、遠く離れている。


 この地に住まう者達が王族に(まみ)えることは、生涯を通じてほとんどないと言っていい。

 王族直々に視察にくることなど、滅多にないからである。

 基本的に地方の視察は、王城に詰める文官がやって来るのみだ。


 キャンベル辺境伯の住人が、みずから王都に出向いたとき。

 運がよければ、何かしら祭典で王族が民衆に手を振る姿を目にすることがあるかもしれない。その程度だ。

 彼らにとって王族とは、ドラゴンにユニコーン、ペガサスだとか、そういった伝説上の生物と同じようなものである。


 そしてまた、日々の鍛錬に明け暮れ、薄汚れた騎士達にとって、驚きを隠せなかったのには、ほかにも理由がある。


 王家の騎士団に所属するだろう、第五王子の護衛騎士を初めて目にし、辺境伯領の騎士がいだいた感想とは、はたして。

 同じ騎士であるはずなのに、同じ騎士ではない。まったくもって別のものだ、といったことだった。


 第五王子の護衛騎士を務める近衛騎士達は、辺境伯領の者達が見たこともない、うるわしい容貌をしていた。


 こいつらは本当に騎士なのか?

 その腰についている剣は、ずいぶん凝った意匠のようだが、事実お飾りではないのか?

 その細腕で剣を振るうことなどできるのか?

 女のようにお綺麗に整えられ、汚れ一つない騎士服を身にまとい、第五王子の護衛など務まるのか?


 辺境伯騎士団の騎士達の脳裏に浮かぶ疑問と嘲笑。

 それらは、あけすけに彼らの表情に浮かんでいた。


 ここ辺境伯領に住まう者達は、貴族庶民に関わらず純朴だ。

 つくろうことを知らない。王都の人間とは違う。


 はりつけた微笑の下に、感情を隠すことが常。

 そんな王都の人間から見れば、思考や感情を露骨に表す、辺境伯領住人の様子は、粗野だとも言える。


 辺境伯領の騎士達は、第五王子の御前、さすがに野次は控えた。

 だが、彼らの目に浮かぶ侮蔑は明らかだった。

 第五王子の護衛である近衛兵達を一目見てすぐに、辺境伯領の騎士達は「こいつらは腰抜けの女もどきだ」と判断をくだした。


 一方で、第五王子レオンハルトと近衛兵たちは、辺境伯領の騎士による無遠慮な視線に、当然気がついた。

 それでいて、露骨に不快感を露わにする者はいなかった。

 王家に近しい者達のうち、そんな粗忽者(そこつもの)がいれば、すぐに淘汰(とうた)されるからだ。


 とはいえ、レオンハルトは、不愉快だった。


 己自身と、また己が信を置く近衛兵たちを軽んじられたのだ。

 隣国との防壁として尽力している忠臣だそうだが、しょせん、田舎者に過ぎない。とさげすむ意が湧いてくる。


 領主である辺境伯は、国と王に忠義を捧げているのかもしれない。

 だが、この騎士達の忠義は、辺境伯にあるのだろう。

 今はまだ、レオンハルトには向けられていない。


 ――ならばその忠、この滞在中に得んとしよう。


 不快な思いは胸中に隠し、レオンハルトは微笑みを浮かべた。騎士達の元へ、ゆっくりと歩み寄る。

 すると、ざわめく騎士達をかきわけ、熊のように大きな、筋骨隆々とした体躯の、いかめしい男が、レオンハルトへと近づいてきた。


 威風堂々とした男。その浅黒い顔には刀傷があった。

 眉間には深い皺が刻まれ、いかにもな出で立ちであり、辺境伯その人であるとすぐに知れた。



「第五王子殿下。ご無沙汰しております。……と言っても、殿下と最後にお会いしたのは、殿下が幼子の頃でしたな。私の顔など覚えてはおられないでしょう」



 辺境伯の後ろ。辺境伯騎士団の騎士達が、二人のやり取りを興味津々といった様子で眺めている。



「申し訳ない。しかし辺境伯、あなたの威名は王都にも届いています。先の戦いでの功労、王家に名を連ねる者として、改めて感謝を申し上げます」


「なんと勿体なきお言葉。至極光栄に存じます。私のような輩は、戦う他に能がないですからな。(まつりごと)にはなんのお役にも立てません。が、このフランクベルト王国の砦なる、誉れ高きお役目、必ず守り抜きましょう」


「大変頼もしいですね」

 レオンハルトは、臣下である辺境伯におもねるかのように言った。

「辺境伯、貴卿や貴卿率いる騎士団の皆さんがいる限り、我が国は安泰でしょう」



 レオンハルトの言葉を聞いた辺境伯騎士団の騎士達は、喜色満面。自慢げにうなずいたり、小突きあったりしている。

 辺境伯自身も、まんざらではなさそうだ。



「ようこそ我がキャンベル辺境伯領へ」

 辺境伯はその太い腕を大きく広げ、歓迎の意を体いっぱいに示した。

「一族一同、第五王子殿下御一同様を心から歓迎致します」


「ありがとうございます。これからしばらくお世話になります」

 レオンハルトはまず最初に辺境伯を。それからぐるりと騎士達を見渡して微笑んだ。


 どうやら辺境伯領の騎士の心証を損ねずに済んだようだ。

 つい先程まで彼らの顔に浮かんでいた、排他的な(あなど)りの色が消えた。

 仲間を受け入れるような気安さが滲み出ている。


 レオンハルトは騎士たちからの歓迎の意を受け、笑みを深めた。

 すると彼らのうちには、顔を赤らめる者まであらわれた。


 レオンハルトは美貌の王子だ。

 レオンハルト自身も、己の容姿の価値を知っている。


 武を為す者としては侮られやすいが、それをついて策を(ろう)するには、これ以上ないほどに優れている。

 人当たりの良さを意識し、口調も穏やかなものにせん、と心がけている。


 もともとレオンハルトは、そう穏やかな気質ではない。

 その主たる原因は、レオンハルトの異母兄達の存在だ。

 レオンハルト専用の落とし穴をいくつもこしらえては、手薬練(てぐすね)引いて待ち構えている。それがレオンハルトの日常だった。


 異母兄の悪意に気が付いた当初、レオンハルトは、逆毛を立てた猫のように威嚇(いかく)して回った。

 しかしそれは悪手である。と、長兄であり同腹の兄、第一王子ジークフリートに諭された。


 王の寵愛を巡り、側妃と競い、蹴落としあうことしか念頭になく、自身の実家の権威を盾に、(ぜい)を凝らすしか能のない母正妃ではなく。そしてそれら自身の妃達、及びその王子達のいさかいを静観するだけの父王ではなく。


 八つ年上の兄王子ジークフリート。

 彼こそが、レオンハルトにとって唯一の肉親と認める存在であった。

 レオンハルトの誇るべき兄であり、将来のフランクベルト王。


 兄ジークフリートの治世に役立つ人間であるために。

 ただそれだけが、レオンハルトを突き動かす根源だった。そのためならば何を投げうってもいい。


 兄ジークフリートは、穏やかで頭の回転が速い。視野も広い。

 基本的には慈悲深く、思いやりに満ちた人物だ。


 だが、切るべきところは容赦なく、迅速に切り捨てる冷酷さも王族として持ち合わせている。それについてクヨクヨ思い悩み、引きずることもない。

 反省すべき点は次に生かすことを選び、嘆くよりも先を見ようとする。それが王子である彼自身の役割であると、わきまえている。


 まさに王となるべき人物。


 レオンハルトは兄ジークフリートに心酔していた。

 きっと今後もレオンハルトは、兄のためだけに自身の命を捧げていくことだろう。

 そしてそのとき、レオンハルトに求められる役割とは。


 先の戦いでは辛勝したものの、政情は未だ予断を許さない。

 ジークフリートが智で争うのならば、レオンハルトは武を。

 兄ジークフリートが王位に就くために。王となったジークフリートを支えるために。

 レオンハルトは強くなる必要がある。


 レオンハルトは兄ジークフリートへとしばし思いを馳せた。

 そして辺境伯領の騎士たちから、ひとまずは受け入れられただろうと手応えを感じたとき。

 騎士たちの低い野太い声がざわめく中、その場にそぐわない声が、レオンハルトの耳に飛び込んできた。


 鈴を転がすように可憐で、凛と高潔な響きの澄んだ声。



「あら。我儘王子様の訪れって今日だったの。嫌だわ」



 レオンハルトはその声の出処をたどった。

 視線の先には、漆黒の髪を一つに結い上げた、勝気そうな少女。



「事前に知っていたのなら、今日だけは訓練を辞退したのに」

 少女が、頬をふくらませた。

「お父様も皆さんも、教えてくれないなんて。ひどいわ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] キャンベル辺境伯騎士団と王族。 全然違う種類の人間だけど、何となく仲良くなれそうな空気がビシバシ!! 基本、田舎の人達って、中に入っちゃえばすごく優しいんですよねー。 素朴で粗野。いい感…
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