51 晩餐会の開始
発現の儀ののちに、いったん自身の邸宅へと戻ったヴリリエール公爵を除き、ほとんどの貴顕は王宮に残り、晩餐会開始まで、めいめい過ごしていた。
定刻となり、一堂に会すれば、空席が四つ。欠席したのは、側妃カトリーヌとその息子らだ。
発現の儀以降、体調を崩したとの旨が伝えられる。
レオンハルトは、兄ジークフリートの横顔を盗み見た。
ジークフリートはすばやく、目線だけを弟へ寄こした。
その他の貴顕においては、ほとんどの者が、かの母子の欠席について、特に気にとめる素振りを見せなかった。
王が杯を飲み干し、皿にも手を出したので、皆はこぞってワインを飲み始めた。
エヴルー伯爵だけは、カトリーヌ母子欠席の伝言に、嫌悪の表情を浮かべた。
皿や杯、ナイフのぶつかり合う音がすこしずつ、大きくなっていく。
シナモンやナツメグといったスパイスのきいたワイン、温まった肉、香草、バター、油。
さまざまな匂いが部屋中を漂う。
肉に添えられたゆで卵には、派手な色彩の、目玉模様が目を引く、飾り羽根が刺されていた。
おそらく、皿の上の肉と卵は、孔雀なのだろう。
客人のひとりが飾り羽根を抜き取ると、背後に控える扈従が静かに進み出て、羽根から滴る、とろりと濃厚なソースをぬぐった。
客人の貴顕が、扈従から飾り羽根を受け取る。彼はそのまま、己の胴衣の胸元に挿した。
すかさず隣の席の者が、飾り羽根を奪う。
そしてそのまた隣人が、飾り羽根へと手を伸ばす。
どっと笑い声があがる。
各国を渡り歩く吟遊詩人が、いずれかの宮廷で起こった悲喜劇をおもしろおかしく歌った。
宮廷楽師の奏でる音楽を背後に、曲芸師が燃え盛る棒を、さかんに宙へと放っては受けとめた。
思わぬところに火が落ちることがあれば、すかさず扈従が水をかけた。
だがその実、王宮の主要箇所には、防災の魔術が多少なりとも張り巡らされていることを、貴顕の多くは知っていた。
宴は開始そうそうにして、騒がしくなってきた。
レオンハルトは空席を眺めた。
テーブルに、他の客人と同様のごちそうはない。
皿もナイフもなく、ぽっかりとした暗闇がある。
主のおとずれない暗闇にあるのは、橙色のゆらめく光。
近くに置かれた燭台と、壁掛けの燭台だけが、空席を気にかけている。
レオンハルトの脳裏に、つい先ほど切り上げたばかりの、兄ジークフリートとの会談が思い起こされた。
◇
「これまで七忠の各家からのみ、王妃を輩出させてきた。その根拠に、建国王の直系子孫である王が、他の血を混ぜることで、我が国から魔法が失われる、などという迷信があった」
「迷信ですか」
きっぱりと断言する兄に、レオンハルトは気圧された。
「そうだ。後世の人間が勝手にあとづけたに過ぎない」
ジークフリートは弟の疑心を払うように、重ねて言明した。
「青い血を身に流す娘が他国へ嫁げば、娘の家門の、その長と、それから王によって、一族魔法と固有魔法を取り上げられることは、法によって定められている」
そこで言葉をきり、ジークフリートは弟の顔を覗き込んだ。
弟が理解している様子だとわかると、彼はふたたび語り始めた。
「その事実が迷信につながったのだ。稀にしか起こらぬことだからな」
ジークフリートは弟に確認する。
「さきほど、おまえが懸念事項として挙げた点だ。覚えているな?」
「はい」
レオンハルトは不安な面持ちでうなずいた。
「ですが、法だけではなく、生粋の青い血を汚した者と、その者の産んだ混血児に、神は祝福を授けないと――」
「思い返してみろ、レオン」
ジークフリートは眉をひそめて、弟をさえぎった。
レオンハルトは思わず、背筋を伸ばした。
「おまえの婚約者であるナタリー嬢の生家キャンベル家は、さまざまな民族の血が混じる。しかしナタリー嬢をはじめとして、彼らの子孫に、固有魔法は発現しているだろう」
「そうでした」
レオンハルトははっとした。
兄に指摘されるまで、ちっとも気がつかなかった。
「まぁ、キャンベル家に一族魔法はもとより授けられておらぬから、他国の血を混ぜることで、本来あるべき一族魔法が消滅するのか否かはわからぬが」
ジークフリートは弟の間抜け面を見て、弟をかばうように言い添えた。
「ということは、他国の姫を王妃とすることで、我が国から魔法が消えるという証もなければ、魔法が消えないという証もないわけですね」
レオンハルトは考え込むように、顎をしゃくった。
「そういうことだな」
ジークフリートはうなずくと、弟レオンハルトへと、ふたたび議題を投げかけた。
「では、側妃制度を維持することで、この国の王が他国の姫を娶るとする」
「それが結果、大陸の平和的融合へと、一歩前進するということですか?」
レオンハルトはおそるおそる、兄へとたずねた。
「となれば、まさしく建国王の政治理念に適う」
ジークフリートはうなずいた。
「同時に、国内の令嬢を側妃として婚姻を結ぶにあたって、生粋の青い血であるか否か、といった条件が不要になる」
「『他の血を混ぜれば、魔法が失われる』という前提条件が、成立しなくなるためですね」
レオンハルトははずむ声で言った。
「そうだ。正妃として、他の血を娶るのだからな」
ジークフリートは、やわらかく目を細め、弟を見た。
「つまり、そうしたことで、これまで七忠直系の娘のみが王妃となることのできた、その利権を放棄させる理屈が立つ」
「七忠の娘も諸侯の娘も、同等に側妃として扱うならば、七忠と他諸侯との格差をゆるやかに埋めていくことが適うのですね」
レオンハルトは興奮した様子で言った。
「ああ。それが、ミュスカデが側妃制度維持を支持する、おおよその理由だ」
ジークフリートはつまらなそうに、素っ気なく言った。
「しかしながら、妃を複数持つということに、倫理上の懸念もある」
「愛妾と妃では、国民に与える印象が、まるで違いますよね」
あきらかに機嫌の悪くなった兄を気遣いながら、レオンハルトは言った。
「心象というものは、身分、享受できる権利に財産が異なるという、法の見地のみで終わる問題ではないからな」
ジークフリートは自嘲気味に笑った。
「当事者である王、いや夫にとっても、同様だろう」




