椎名葵が失ったものと、悠木暦が取り戻したもの
「わたしのなくしたものを探して欲しいの」
始まりは、そんなどこにでも落ちている石ころのような、ありふれた一言だった。
その言葉を発したときの彼女の心情は、表情からも、声質からも推察することは出来なかったが、しかし今から思えば、あのとき彼女は、すでに全てを諦めていたのかもしれない。
なくしたものとはなんだろう?
僕は質問をしようと試みたが、それよりも先に、「あなたも同じものをなくしかけている。そう、今このときも進み続けている。現在進行形で」と、彼女は言った。
僕も、彼女と同じものを、なくしかけている?
その一言だけで、全容を把握することは不可能だった。なにを手掛かりに思考したら良いのかさえ、推し量ることは出来なかった。
それなのにも関わらず、僕は気付いたらその願いを引き受けていたのだ。
それは、僕も彼女と同じものをなくしかけていると言われたからなのか、ただ単純に、彼女の持つ、不思議な雰囲気に惹かれただけなのか、それは、全てが終わった今でもわからないままだった。