【第95話】救世主〜禁書編〜
空に走る、一筋の光――
それはまるで、絶望の淵に差し込んだ“天の救い”だった。
焼け焦げた大地、血に染まった空の下。
鬼の咆哮が響く戦場に、ひときわ強く、眩く、美しい輝きが降り注ぐ。
オウエンは、焦げた大地に膝をついたまま、光を見上げた。
「まさか……あれは……」
目を凝らした先に、三つの神の影――
伝説の“三神獣”が、夜空を裂き、光を纏って飛来していた。
その姿は、祈りが具現化したかのような神々しさ。
神話の一節が、現実に滲み出してきたような錯覚すら覚える。
その背に乗っていたのは――一人の青年だった。
風に靡く金色の髪。澄み渡るような碧い瞳。
あまりにもまっすぐで、まぶしいほど純粋な光をまとった、その姿。
「……ミコト君……」
思わず、言葉が震えた。
三年前、まだ幼く、頼りなかった少年――
それが今や、神々の加護をその身に宿し、救いの光と共に降りてきた。
オウエンの瞳から、ひとすじの涙がこぼれ落ちた。
「……本当に……来てくれたのか……」
ミコトは静かに微笑むと、そっと大地に降り立った。
風が吹き抜け、彼の白い衣が揺れ、光がその全身を包み込んでいた。
「……お待たせしました、オウエンさん。やっと……やっと戻って来られました」
その声は、かつての優しさのままに――しかし、確かな強さを宿していた。
オウエンは、言葉を失ったまま、ただ頷いた。
「……すまない……私は…何もする事が出来なかった…」
ミコトはそっと頷いた。
「いいえ、あなたは戦いました。国を守り抜いてくれた。僕がここに立てているのは、オウエンさんがいたからです。」
オウエンの胸に熱いものが込み上げる。
まさに、光そのものが降りてきた。
それが“救世主”と呼ばれる所以なのだと、今、心から理解した。
――しかし。
その神聖な空気を断ち切るように、不気味な笑い声が響く。
「ククク……ほう……まさか本当に来るとはなぁ……!」
屋根の上から、その声の主が現れる。
右腕はもはや木ではない。身体の半分以上を侵食する桃の“樹”。
その枝に、今にも地に落ちそうなほど熟れきった巨大な桃が揺れていた。
オロチだった。
「見せてもらおうか。救世主とやらの“力”とやらをな!」
「グオォォォォオオオ!!」
鬼の咆哮が轟く。
赤黒い影を纏い、暴走する“桃一郎”。
だが、ミコトは揺るがなかった。
「桃一郎……君を苦しめてきたものすべて――今、僕が終わらせる」
そう告げると、彼はゆっくりと目を閉じた。
その瞬間。
――ゴゴゴゴゴ……!!
大地が震える。
ミコトの体から、眩い“光力”が奔流となって放たれた。
眩しすぎて誰も目を開けていられない。
その力は、ただの術ではない。
魂そのものが叫び、希望そのものが具現化した――“祈り”のような光。
三神獣が呼応するように空を駆け、そして語りかける。
(見届けてほしい、オウエン。これは、ミコトが血と涙で越えた“岐路”のその先。
あの子の優しさは――剣よりも、闇よりも、はるかに強い)
ミコトは目を開き、まっすぐに前を見据える。
「……三神獣。神器を」
その一言に応え、三神獣たちが輝きを放つ。
大鳥が空へと旋回し、翼の光をミコトに注ぎ、
大猿が拳を掲げ、力の印を刻み、
大狼が吠え、彼の内に眠る“心の牙”を解き放つ。
そのすべての輝きが収束し、ミコトの体を包み込んだ。
空すら震えるほどの光。
そして――
光が静かに晴れた時、そこに立っていたのは、
白銀の光を纏い、背に巨大な“聖翼”を持つミコトだった。
神と人の境界すら超えた姿。
まさに――“降臨”。
オウエンの目が潤む。
「……ミコト君。君が……本当に、救世主なのだな……」
ミコトはただ一言、告げる。
「……終わらせよう。桃一郎。君の痛みも、この国の悲しみも、全部――」




