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モーモー太郎伝説  作者: おいし
第三章
94/122

【第94話】命運をかけた作戦〜禁書編〜

 国王軍が東の町へ到着した時、そこに広がっていたのは、まさに地獄絵図だった。


 崩れ落ちた建物の瓦礫。

 焼け焦げた空気とともに町のあちこちから火の手が上がり、灰と煙が空を覆っていた。

 血に染まった石畳の上を、人々が悲鳴と共に逃げ惑う。


 そして――その中心に、そいつはいた。


 “災厄そのもの”――鬼。


 巨大なその影は怒りの咆哮を上げながら暴れ狂い、ただの一振りで街並みを薙ぎ払っていく。

 まるで神罰のような存在。人の手では届かぬ“異物”だった。


 だが、オウエンは動じなかった。


 後ろには、500名の精鋭兵たちが列を成し、武器を握りしめている。

 皆、覚悟はできていた。

 今日ここで、すべてを終わらせるために。


 オウエンは天を仰ぎ、深く息を吸い込む。



 「……国王軍――突撃せよ!!」



 「うおおおおおおおお!!!」


 大地が揺れた。空気が裂けた。


 兵たちは一斉に吠え、鬼めがけて突撃を開始する。

 まるで雷鳴のような地響きとともに、大軍が一直線に疾駆した。

 その姿は、まさに怒涛。鋼の奔流。


 命を賭した、最後の総攻撃だった。


 だが――


 「ガアァァァアアア!!!」


 鬼の咆哮が空を裂く。


 振り下ろされた一撃は、もはや災害。暴風。地獄そのもの。


 兵士たちは数十人単位で吹き飛び、地に叩きつけられ、悲鳴すら掻き消えた。


 「怯むな!!耐えろ!!止まるな!!」


 オウエンの怒声が戦場を貫く。


 それでも、なお立ち上がる者がいた。

 血を吐き、腕を折られても――剣を握り、前を睨み、進む者がいた。


 この一戦に、すべてを懸けていると分かっていたから。


 死ぬなら、せめて前へ。

 倒れるなら、鬼の目前で。


 「……堪えてくれ……!」

 オウエンは歯を食いしばり、拳を震わせた。



 そして――


 ドンッ!!


 ついに、鬼の膝が崩れる。

 大地が鳴動し、巨体がわずかによろめいた。



 「今だ!!全軍――畳み掛けろ!!!」



 雄叫びが爆ぜる。兵士たちの士気が爆発する。


 一斉に放たれた刃が、四肢を裂き、骨を砕き、鬼の肉を削る。

 数百の剣が、怒りと悲願を込めて鬼を切り刻んだ――



 だが。


 「ゴオォォォォ……アアアアアアアアアア!!!」



 鬼が咆哮と共に全身を震わせ、

 その片膝から放たれた反撃――それは“死”だった。


 唸る腕が一閃し、兵士たちは次々と弾き飛ばされる。

 まるで死神が鎌を振るうかのように、無慈悲に、正確に。


 気づけば、戦場は血と炎に沈み、

 国王軍の半数以上が、すでに倒れていた。


 ――もはや後がない。


 この一手を逃せば、すべてが崩壊する。


 それでも、声が響く。


 「進め……!止まるな……!」


 その声と共に、オウエンが走り出す。


 誰よりも早く、誰よりも真っ直ぐに。


 その右手に握られていたのは――


 “きびだんご”だった。



「――次の作戦に移行ッ!!」



 オウエンの号令が戦場を裂く。


 即座に動く兵たち。手にしたのは、何十人がかりで引く超巨大な“綱”。

 特殊繊維で編まれたその縄は、ただの布ではない――鬼を倒すためだけに作られた戦場の武器だ。


 狙うは、鬼の右脚。

 傷つき、鈍り始めたその巨脚に、一斉に綱が絡められる。


 「位置につけッ!! 全員――引けぇぇぇッ!!!」


 怒号とともに、兵たちが一斉に縄を引く。


 筋肉が裂けそうになる。腕が悲鳴を上げる。

 それでも誰ひとり、手を離さない。



 「ガァアアアアアアアアアア!!!」



 鬼の咆哮が空を割る。


 だが――間に合わない。


 既にその巨体は、限界を迎えていた。

 引きずられ、傾き――




 ドオォォォォン!!!




 地鳴りとともに、鬼が崩れ落ちる。


 巨体が地に沈み、その口が怒りと痛みに大きく開かれた――まさに、今!!




 「――今だッ!! これで終わらせる!!」




 オウエンが叫ぶ。


 右手に握られた最後の希望――“きびだんご”。


 一瞬の躊躇もなく、渾身の力でそれを放つ。


 空を裂く光の弾丸。

 放物線を描いて、一直線に鬼の喉奥を目指す。



 「いけぇぇぇえええええッ!!!!」



 兵たちが叫ぶ。


 その目に映るのは、ただ一つ。


 勝利を運ぶ、ひとつの小さな団子。

 この地獄を終わらせる“たった一粒”の希望だった。




 その時だった。




 「口を閉じろ、鬼。」



 低く、冷ややかな“命令”の声が町を震わせた。

 オウエンは戦慄した。聞き覚えのある、その声。


 ――オロチ。


 瞬間、鬼の喉奥まで晒されていた顎が、

 ガチィィィィィン!! と音を立て、断罪の如く閉じられた。



 パシュン。



 小さな団子は、牙に弾かれ、虚しく地へと落ちた。


 その場の空気が、凍りつく。


 誰もが、動けなかった。

 勝利が、指先から滑り落ちていく音がした。


 オウエンの瞳に、震えが走る。



 何が起こったのか――。



 突如響いた声に、国王軍の兵士たちが反射的に振り向く。


 瓦礫に沈む町並みの中、まだ辛うじて残っていた民家の屋根の上。

 そこに立つひときわ異様な影――男が、漆黒のローブを翻しながら彼らを見下ろしていた。



 オロチ。



 兵士たちの顔から一気に血の気が引く。

 しかしそれは、ただの再会によるものではなかった。


 ――その姿が、もはや人ではなかったからだ。


 右腕だったはずの部位は、もはや“腕”とは呼べなかった。

 ねじれた木の幹のように膨れ上がり、幹からは無数の蔦が這い出していた。

 だが異形はそこにとどまらない――その侵食は肩から胸、背中、腹部、そして脚へと拡がり、今や身体の大半が"桃の木"と化していた。


 肌はすでに皮膚ではなく、ひび割れた樹皮のように硬く乾き、時折その隙間から黒い液体が滲み出す。

 全身に絡みつくように伸びた蔦は心臓の鼓動と同調するかのように脈打ち、今にも何かを“孕んで”いるかのような異様な存在感を放っていた。


 そして、かつて右腕だった場所――今や太い枝へと変貌したその先端には、

 禍々しいまでに熟れきった"巨大な桃"の実が、重たげにぶらさがっていた。


 それはただの果実ではなかった。

 兵士たちは本能的に悟る。

 ――あれが落ちれば、“何か”が起こる。何かが、終わる。


 言葉にならぬ恐怖が、場にいた者すべての口を塞いだ。


 この三年間、オロチは一体どんな禁忌に触れ、何を喰らい、どんな代償を払ってここまで歪んだのか。


 その答えは、彼の“姿”そのものが物語っていた。


 もはやオロチは、「人間」ではなかった――。



 「オロチ……貴様……!」


 オウエンの怒声が響く。だが、それすらオロチには戯言にしか聞こえなかった。


 「ふははははっ! 惜しかったな、オウエン。それが何かは知らんが…もう少しで作戦は成功していたかもしれんぞ?」


 屋根の上で、高らかに笑うその声は、空にすら嘲笑を刻みつけた。



 そのとき、鬼が動いた。



 「グァァァアアア!!」



 再び立ち上がったその巨躯が、地を揺るがせ咆哮する。

 圧倒的な力が、兵士たちの希望を瞬時にかき消した。




 作戦は――失敗。




 兵士たちは膝をつき、顔を伏せ、つぶやくように洩らす。


 「もう……終わりだ……」


  残存兵力――数えるほど。

  すでに半壊した陣形。

  策は尽き、希望の最後のひと欠片も、鬼の咆哮に掻き消されていた。


  オウエンは唇を噛み、血の味とともに叫んだ。


 「……残った者たちよ! 作戦は、失敗だ! この場を離れろ!――生き延びろ!それだけが、この国の希望だ!!」


  その叫びに、兵たちは一瞬、動きを止めた。

  命を懸けた戦場で、退却を命じる声。それは、勝者のために吐かれる敗北の詩。


 「う……うわぁああ!!」


  怒号は悲鳴へと変わり、兵士たちは地獄から逃げるように散っていく。

 だが、逃走は許されなかった。


  鬼が、ゆっくりと腕を振り上げた。

  まるでそれは、死神が振るう巨大な鎌。


  振り下ろされる。

  大地が砕ける。

  人が、音もなく潰れる。

  血と土が混ざり合い、命が泥に変わる。


 「……くそ……ッ!」


  オウエンはその場に崩れ落ちた。

  地を這うように膝をつき、震える拳を握りしめる。


  目の前で命が散っていく。

  声も、叫びも、すべてが届かない。


 「……オロチ……頼む……もうやめてくれ……」


 嗚咽混じりの声が、風に流れた。


 もはや戦場には、誇りも、勝利も、何一つ残っていなかった。

 あったのは、絶望だけだった。



 ――だがその時。


 「……あれは……?」



 誰かの震える声をかき消すように、夜空が突然、裂けた。


 漆黒の雲間を貫き、天を割るような一条の光――

 それは稲妻のごとく、否、光そのものが意志を持ったかのように地上へ向かって疾駆していた。


 轟音と共に空気が震え、辺りは黄金の輝きに染まっていく。


 光の尾を引きながら、まばゆい存在が、信じられない速さで降臨する。


 まるで神話の一頁が現実に降り立つかのように――

 空から舞い降りるその光の核に、人の姿が浮かび上がった。


 誰もが息を呑んだ。


 それは「奇跡」だった。

 絶望の最中に差し込んだ、確かな“救い”の光――。


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