【第92話】打開策〜禁書編〜
時は流れ、あの惨劇から三年の歳月が経った。
だが――鬼の脅威は、今もなおこの国を蝕んでいた。
鬼が姿を現せば、町ひとつが瞬く間に消し飛ぶ。
人々はもはや“戦う”ことを諦めていた。
ただ――生き延びるために、逃げる。
それだけが、唯一残された選択肢だった。
王族たちは国を挙げて防衛線を敷き、鬼の出現に備えて各地に軍を配備した。
鬼が現れれば、ただちに警報が鳴り、兵たちは民を導いて避難させる。
それはまるで、定められた儀式のように繰り返された。
その結果、犠牲者の数は徐々に減っていった。
だが――人々の心は、確実に削られていった。
鬼の出現は、災害よりもなお理不尽だった。
ひとたび奴が現れれば、街は影も形もなく消え失せる。
家も、土地も、資産も、大切な思い出も――
一瞬で無に帰す。
人々は繰り返し失い続けた。
幾度も住む場所を変え、立て直そうとしてはまた壊される。
「いつか戻れる」などという希望は、夢の中の幻想に過ぎなかった。
国家としての力も、着実に衰えていた。
経済は止まり、流通は乱れ、文化も次第に失われていく。
町が消えることを前提とした日々に、まともな営みなど成立するはずがない。
「明日、生きている保証はない」
それが、この国の誰もが共有する常識になっていた。
未来は見えない。
帰るべき“故郷”は、もはや幻となり、
朝目覚めた時、それがまだ存在している保証はどこにもなかった。
日常とは、蜃気楼のように儚く、指先で触れれば崩れてしまう泡のようなものだった。
だが――王族オウエンだけは、諦めてはいなかった。
彼は、現状を打破するべく、“敵”の残した資料に目を向けたのだ。
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――王宮地下書庫・封印された研究記録より抜粋――
《オロチ私記:悪意を喰らう樹について》
桃源村に自生する桃の木には、特殊な“光”が宿っていた。
それは、人々の“悪意”――苦悩、怒り、嫉妬、恐怖といった負の感情を吸収し、やがて“中和”する力だ。
村人たちはこう言う。「これはご先祖様の魂が宿っている木で、我々を守ってくれているのだ」と。
俺はこの現象を科学的に分析し、ひとつの結論に至った。
木が放つ“浄めの光”、すなわち先祖の魂、民の祈りが、負の感情を緩やかに溶かし、消していたのだ。
すなわち――
桃の木とは、“悪意の中和装置”である。
⸻
この記録を読んだ時、オウエンは直感した。
「この“浄めの光”ならば、あの鬼に通用するのではないか?」
だがすぐに疑問が浮かぶ。
あの鬼――桃一郎は、元はと言えば、この桃の木から生まれた存在だ。
果たして、その“母なる力”が効くのか?
そして、この浄めの力を応用する術はあるのか――?
確信などなかった。
だが、この国には、もはや迷っている時間さえ残されていなかった。
オウエンは直ちに研究を開始。
王宮の技術者たちと共に、幾度もの失敗と犠牲を重ねながら、三年――ついにその理論は形となった。
それが、「悪意の中和技術」。
桃の木の性質を模した、「己の気と、誰かの気」を“混ぜる”術。
そして、その技術を宿したものこそ――
「きびだんご」
それは、手にした者の気を練り込み、
与えられた者の心に“己の気”を流し込む“気の触媒”だった。
一度食せば、その者はしばらくの間、与え手の意志に従う。
つまり、悪意そのもの――鬼さえも、“制御できる”可能性を持つ禁断の兵器。
だが当然、その効力は諸刃の剣だった。
使い方を誤れば、支配にも利用できる。
一歩間違えば、“善の顔をした悪”にもなりかねない。
それでも、オウエンは名付けた。
希望を信じて、この兵器にこう名付けた。
「――希火だんご。これは希望の火。絶望の闇の中でも消えずに燃え続ける小さな灯。」
国家の運命を背負い、最終兵器は静かにその時を待っていた。




