【第91話】オウエンの焦り〜禁書編〜
オウエンは王宮へ戻るなり、すぐさま使いを走らせ、王族たちを大広間へと召集させた。
荘厳な柱が並ぶ石造りの大広間に、次々と錦の衣を纏った王族たちが集う。
重々しい空気の中、オウエンは一歩、中央へと進み出た。
「皆の者、よく聞いてくれ!」
声が高らかに響き渡る。
そしてオウエンは、息を呑むような真実を語り始めた――
“オロチの計画”、
“悪意から生まれし鬼”、
“この国に迫る未曾有の危機”。
その一語一語は確かに深刻な内容だった。だが――
「……鬼?」「まさか……神話の類ではないか?」
王族たちは、ぽかんと口を開け、互いに顔を見合わせていた。
浮世離れした話に、半信半疑どころか嘲笑すら漏れ始める。
オウエンの訴えは、誰一人として耳を傾ける者もなく、ただ虚空へと吸い込まれていった。
――しかし。
数日も経たぬうちに、王宮へ悲報が相次ぐ。
「西の町が……鬼に壊滅させられました!」
「南部の集落が焼かれました!」
「行方不明者……数百名……!」
まるで洪水のように押し寄せる“現実”。
それは王族たちの嘲笑を、一瞬で震えと絶望へと変えた。
――鬼が、現れたのだ。
巨躯にして凶暴、ひとたび姿を見せれば、その町は跡形もなく潰えた。
壁も城も人の命すらも、紙のように引き裂かれる。
鬼の通った後に残るのは、瓦礫と炎、そして静寂だけだった。
だが、王族たちは何も出来なかった。否、恐怖に呑まれ動けなかった。
そんな中、ただ一人、
オウエンだけが立ち上がった。
「軍を出す。我が国の命運、ここで断つわけにはいかぬ!」
軍勢を率い、各地へ出陣するオウエン。
その瞳は決して怯えていなかった。
――だが。
現実は、無慈悲だった。
鬼は強すぎた。
斬っても、焼いても、貫いても、傷ひとつ負わぬ。
対して兵は、次々と潰され、なぎ払われ、声すら上げる間もなく大地に伏す。
何度挑んでも敗北。
出陣のたびに兵は減り、街は失われ、国は疲弊していった。
王族たちはついに、打つ手を失った。
人々は怯え、逃げ惑い、ただ日々の存続を祈るのみ。
――そして、オウエンはひとり、
国の未来を背負い、自問自答を繰り返していた。
「ミコト……本当に、救世主として戻ってくるのか……」
3年後の約束。それだけが希望の光。
だが、果たしてこの国はそれまで“持つ”のか?
希望と絶望がせめぎ合う中、オウエンはある場所へ足を向けた。
――オロチがかつて幽閉されていた、王宮近くの離宮である。
ギィィ……
風に軋む扉を開けると、そこはかつて狂気に満ちていた空間だった。
棚には歪な試験管。机には黒ずんだ資料。
床には書き殴られた設計図。悪意と執念が染み込んでいた。
オウエンは、慎重に資料を手に取り、目を走らせる。
その中で、一冊の分厚いノートが彼の目に留まる。
「桃の木における悪意浄化作用と、その転用について」
著:オロチ
オウエンの目が、静かに、しかし確かに輝いた。
「……これは……」
最深の闇の中で、微かな光が灯った。