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モーモー太郎伝説  作者: おいし
第三章
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【第90話】鬼〜禁書編〜

 桃一郎は、喉を裂くような奇声を発しながら地面にのたうち回っていた。

 その身から溢れ出す黒い“影力”は、まるで悪意そのものが形を得たように、うねり、渦を巻き、地面を焦がしていた。

 影は見る見るうちに濃くなり、ついには桃一郎の姿すら完全に覆い隠してしまう。


「くくく……いいぞ、いいぞ……! さあ、どうなる……? 限界まで蓄積した悪意、その先に現れる“真の姿”を、俺に見せてみろ……!」


 オロチの目は狂気に輝いていた。恍惚とした声でそう呟き、まるで神の降臨を待つ信徒のように、手を合わせる。


「グァ……アアアアアアアア!!」


 ――その瞬間、場の空気が、変わった。


 影の渦の中から、何かが“生まれ”ようとしている。

 木々がざわめき、風が止み、大地までもがその胎動に震えた。


 そしてゆっくりと、桃一郎の“変化”が始まった。


 影を突き破って現れたその身体は、少年のものではなかった。

 筋肉が膨れ上がり、身の丈は二倍にも達し、皮膚は焼けるように赤黒く染まっていく。

 額にはねじれた二本の角が隆起し、口元からは牙が覗く。

 指先は鋭く変化し、まるで刃のような爪が生えていた。


 ――それは、もはや人ではない。



 それは、まごうことなき



 “鬼”だった。




「おぉぉ……おぉぉ……!! これだ……これこそが俺の求めた存在……!」

 オロチは感極まったように膝をつき、震える声で呟いた。

「俺は……人を超えた……鬼を産んだんだ……!」


「グアァァアアアア!!!!」


 鬼となった桃一郎が、天地を揺るがすような咆哮を上げた。

 その眼にかつての少年の面影はない。ただただ、破壊と怒り、憎悪に満ちた光だけが宿っていた。


 その凶悪な姿を前に、オウエンは言葉を失いながら、深い傷を負ったミコトを胸に抱きしめた。


「こ……これが桃一郎だというのか……」

「オロチ……お前は……一体、どれほどの地獄を生み出した……!」


 鬼は、咆哮と共に動いた。


 爪の一振り――


 それだけで、周囲の木々は音もなく吹き飛び、裂け、粉々に砕け散った。

 まるで紙でできた張りぼてを砕くかのように、圧倒的な暴力が森を切り裂いていく。


「くっ……!」

 オウエンは思わずその場に膝をつき、息を呑んだ。

 全身が本能的に“死”を察知し、動かなくなっていた。


 だが、その腕の中には――ミコトがいた。

 必死に生きようとする、あの小さな命があった。


「……まだ、終わらせるわけには……!」


 オウエンは震える足を叱咤し、決死の覚悟で立ち上がる。


「逃げ道を……確保しろ……まずはこの場を離れなければ……!」


 彼の頭の中で、必死の計算が始まっていた。

 この怪物に抗う術など、今の自分にはない――

 けれど、今ここで命を落とせば、全てが無に帰す。


 鬼の暴走が止まる前に、ミコトを――この“世界”を守るための、最初の一歩を踏み出さねばならなかった。




 ――その時だった。



 カッ――!


 突然、天地を裂くような閃光が走った。

 一帯を白銀の光が包み込み、森の喧騒も鬼の咆哮も、一瞬にして凍りつく。

 その光は、どこからともなく差し込み、まるで選ぶように――オウエンとミコトのふたりだけをやさしく照らしていた。


「な、なんだ……この光は……」


 光に目を細めながらオウエンが見上げると、まるで神話から抜け出たように、三体の神獣が宙に浮かび、静かに彼らを見下ろしていた。


「三神獣……!」


 荘厳な風と共に、彼の意識へ直接語りかけてくる声――

 それは、かつて祠で出会った時と同じ、“頭に響く”神の声だった。



 (王族オウエンよ――今すぐこの場を離れなさい。ミコトは我々が預かる)



 「ミコトを……!? なぜ今この時に!? 彼の命は……!」



 (分かっています。この危機は、我らが最も恐れていた事態。あの鬼――悪意の具現――それを止めるには、“光”の力を持つこの子の覚醒が不可欠なのです。必ず救い、力をつけさせます)



 オウエンの胸に、迷いが走る。

 だが、すぐに腕の中で血を流すミコトの重さが、現実を突きつけた。


「……本当に、信じていいのか……? この子を、任せて……」



 (ミコトこそ、我ら三神獣の存在理由。光の導き手――“真なる継承者”なのです。あなたがこの子を抱えたままでは、共倒れになるでしょう)



 オウエンは、ギリと歯を噛み締めた。

 その手を離すことは、あまりにも痛かった。しかし――


「……わかった。頼んだぞ。ミコトを……絶対に助けてくれ」



 (約束します。そしてもうひとつ――あなたに“託し”ます、オウエン)



 「託す……?」



 (この国を守ってほしい。あの鬼は悪意の渦、世界の破滅を呼ぶ存在。だが、ミコトはまだ幼い。彼を“救世主”として育てるには、三年――その間、この国を守り抜いてください)



 「三年……!? あんな化け物を野放しにして、国がもつとは……!」



 (王族とは本来、民の希望の楯。あなただからこそ頼めるのです。時が来れば、我らはこの子と共に戻り、鬼を討つ力を完成させましょう)



 しばしの沈黙――

 そしてオウエンは、かすかにうなずいた。


「……分かった。受け継ごう。ミコトのために、この国のために……俺はその間、決して折れん」



 (感謝を。では――)



 再び光が弾けた。


 カッ――!


 まばゆい閃光の中で、ミコトの姿が、そして三神獣の大猿・大狼の姿が掻き消えた。

 残されたのは、空を翔けるように羽ばたく大鳥だけだった。


 オウエンを見つめ、その意志を確かめるように声が響く。



 (さあ、あなたもこの場を離れましょう。我らが護りの翼と共に)



 オウエンは最後にもう一度、鬼となった桃一郎を見た。


 破壊と憎悪の塊。

 地を砕き、空を裂く叫びを上げ、すでに“人”の姿ではない。


 オウエンは静かに頷き、大鳥の背に飛び乗った。

 そして、空へ――。


 眼下には、狂気の男オロチと、もはや神話の魔物と化した桃一郎。


「オウエンよォ――逃げられると思うな!

 この鬼が、世界を塗り潰す未来を! 歓喜と共に見届けるがいいッ!!

 あっはっはっはっはっは!!!!」


 オロチの哄笑が、風に乗って追いかけてくる。


 だがオウエンは振り返らなかった。


 心に誓ったのだ。


 ――三年の間、何があっても、この国を守り抜くと。


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