表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/128

【第84話】幽閉〜禁書編〜

「――オロチよ」


 重々しい国王の声が、静まり返った大広間に低く響いた。

 誰もが息を呑む中、王はゆっくりと立ち上がる。


「たしかに、その研究成果は興味深くもあった。

 だが――お主の先ほどの振る舞いは、決して許されるものではない」


 低く落ちる声。

 その一言一句が、冷たい石壁に跳ね返る。


「いかなる理由があれど、囚人とて“命”は命。

 殺しは――殺しだ」


 場の空気が、重く沈む。


 王の言葉は淡々としていたが、その一言一句には揺るがぬ正義の意志が込められていた。


 その視線に耐えきれず、オロチは顔を伏せた。


「しかし――」と王は続ける。


「お主のこれまでの功績、国に与えてきた恩恵を鑑み……

 今回は特例とする」


 沈黙の中、言葉が淡々と続く。


「外出を禁じ、王宮より程近い離宮にて――三年の幽閉処分とする」


 どよめきが起きた。

 罰としては、あまりに軽い。だが誰も口を挟めない。


 オロチはしばし言葉を失い、俯いていたが――


「……待ってください!!」


 突然、絞り出すような叫びが響いた。


「こんな、こんな偉業を成し遂げた私が……

 なぜ罰を受けねばならないのです!?

 私は“世界を救う”のですよ!!

 この計画を止めるなんて――ありえない!!」


 声は震え、やがて叫びへと変わる。


 だが王は、微動だにせず言い放った。


「その計画とやらは、未だ“不完全”だ。

 いかに理想を掲げようとも――

 命を冒涜してまで成すものでは、決してない」


 静かに、だが決して揺るがぬ声音。


 オロチの膝が、ガクリと床についた。

 その肩が、ゆっくりと震え始める。


「完璧な計画のはずだ…俺は、間違っていない…」


 沈黙。


 やがて、その肩を支えたのは――オウエンだった。


「……オロチ」


 かつての友の名を、静かに呼ぶ。


「お前がやったのは“実験”じゃない。……“殺し”だ」


 その声は低く、深く、痛みを含んでいた。


「理解しろ。

 王がこの程度の処分で済ませたのは……

 お前の積み重ねた功績のおかげだ。

 受け入れろ。それが――せめてもの救いだ」


 オロチは何も答えなかった。

 ただ、口元を噛み締め、拳を震わせていた。


 _________



 そして、その後。


 オロチは王宮近くの離宮へと幽閉された。


 だが、それは名ばかりの“罰”だった。


 国家にとって、彼の知識と技術はあまりにも貴重。

 外出は禁じられたが、離宮には最新の研究設備が整えられ、

 研究の継続も暗黙のうちに許されていた。


 ――まるで、「隔離された天才の温存」。


 王は罰を与えたのではない。

 ただ、“王宮から遠ざけた”だけだった。


 _____


 夜。


 離宮の研究室に、一つのランプの明かりが灯る。


 薬瓶、試験管、積み上げられたノート。

 壁には数式が書き殴られ、

 その中心でオロチが、止まることなく筆を走らせていた。


「……俺は間違っていない…間違っていない…間違っていない…間違っていない…」


 何度も繰り返される呟き。


「無能どもめ……俺を見捨てた報いを――思い知らせてやる……」


 その呟きは、誰にも届かない密室で――静かに、確かに、狂気を育てていく音だった。



 _____



 ――そして、三年の月日が経った。



 その朝、王宮の扉を叩く音が静かに響いた。


「オウエン様、失礼いたします」

 頭を垂れる王の使者。


「オロチ様の幽閉、本日で三年となります。

 国王陛下より、“釈放の可否はオウエン様に一任する”とのお言葉にございます」


 静かな報告の声。

 長い沈黙の後、オウエンは小さく息を吐いた。


「……そうか」


 わずかに視線を落とし、呟くように言った。


「もう……三年も経ったのか」


 窓の外を見る。

 陽は高く昇っているが、その光はどこか弱々しかった。


 遠くには、干上がった畑と、痩せた民たちの姿。

 希望を忘れた人々の顔が、嫌でも目に入る。


 ――国は、まだ救われていなかった。


 飢饉は長引き、作物は枯れ、井戸は干上がった。

 民の心は疲弊し、祈りすらも消えかけていた。

 王政は懸命に支援策を打ち出したが、もはや焼け石に水。


 その絶望の中で、ひそやかに囁かれ始めた名があった。


 “オロチ”――。


「悪意を吸い取る桃の木……」

「もし本当に存在するなら、民の怒りを鎮められるのでは……」


「あの男に頼るべきかもしれぬ――」


 誰もが追い詰められていた。


 オウエンは目を閉じ、深く息を吸った。

 長い沈黙の後、椅子から立ち上がる。


 コートを羽織り、手袋をはめる。


「……行こう」


 呟きは低く、決意に満ちていた。


「――扉を、開ける時が来たようだ」


 足音が、静かな廊下に響く。

 一歩ごとに、空気が重くなる。


 離宮の門が見える。

 三年間、閉ざされ続けたその扉。


「入るぞ…オロチ」


 そして、彼はゆっくりと門を叩いた。


 ――重い音が、静寂を裂いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ