【第80話】村の秘密〜禁書編〜
静かな空気の中、ミコトはゆっくりと目を開けた。
「……ここは……?」
視界がまだぼんやりと霞んでいる。
目を擦ると、部屋の隅で誰かの背中が揺れているのが見えた。椅子に腰かけ、本を手にしているのは――オウエンだった。
「おう、起きたか」
顔を上げたオウエンが柔らかく微笑む。
「ここは祠から少し離れた空き家だ。よほど疲れていたんだろう、丸一日眠っていたよ。……具合はどうだ、ミコト君?」
ミコトは、まだ夢の続きのような現実感のない感覚の中で、体を起こす。
「……僕の体から、変な光が……。今でも、あれが何だったのか……信じられません」
「無理もないさ。私だって驚いたよ。まさか、君にあのような特別な力があったとはね」
「特別なんて……そんなこと、僕にあるわけない……。何の取り柄もないまま、生きてきただけなのに……」
ミコトは声を落とし、視線を布団に落とす。
オウエンはしばし黙り、目を細めた。
「自分を悲観するな。誰しも、自分では分からない力を持っているものだ。……それよりも、今後のことだが――」
その瞬間、ミコトの顔が緊張に染まった。
「……そうだ! 桃一郎を探さなきゃ……! あの様子じゃ、また何をするか……」
慌てて身を起こそうとするミコトを、オウエンはそっと手で制した。
「まあ、落ち着きなさい。行く前に、君にどうしても話しておかなくてはならないことがある」
「……話?」
「そう。黒い煙のこと――そして、桃一郎君についての話だ」
ミコトの目が大きく見開かれた。
「知っているんですか!? あいつに何が起きてるのか……何か知ってるんですか!?」
ミコトは布団を押しのけ、身を乗り出した。
「落ち着きなさい。あの黄金の光の一件からしても、君がこの出来事と“無関係”だとは、私には思えない。……だからこそ、今後は私と行動を共にしてもらう」
「……っ。教えてください、オウエンさん。もう、何が正しくて、何を信じていいのか分からないんです……」
オウエンは一度視線を窓の外へ向けた。
そこには、朝日を浴びて静かに揺れる桃の木々が、果てなく広がっていた。
「ミコト君――まずは、この桃源村の“真実”を知る必要がある」
「真実……?」
「そう。この村を覆う桃の木々……一見するとただの美しい景色だが――実は、すべて意味を持って存在している。
言い伝えによれば、これらの木々は三柱神に導かれ、先人たちの“魂”が宿ったものだという。そうだろう、君も聞いたことがあるはずだ」
「……はい。この村では、ずっとそう語られてきました」
「そして、もうひとつ重要な伝承があるな。
“桃の木に祈りを捧げれば、心が洗われ、どんな苦しみも癒される”――と」
「……ええ。けど、そんなの……ただの迷信だと……」
オウエンは、ミコトの方へと向き直った。
その目は真っすぐに、揺るぎない。
「いや――この言い伝えは、真実だよ。
桃の木には本当に、人の心を“浄化する力”が宿っているんだ」
「え……そんな、まさか……!」
「信じ難いのも無理はない。だが昨日、君は確かに“三神獣”を目の当たりにしただろう? あの存在が現れた時点で、この村が特別な場所であることは否定できないはずだ」
「……っ。でも……それが、桃一郎とどう関係してるって言うんですか?」
「それを話すには、少し昔のことを語らなければならない」
オウエンの声は、深い静けさの中で落ちていった。
その言葉の奥に、決して軽くはない過去と、避けられぬ未来があった。