【第8話】桃水
おじいさんとおばあさんは、静かに小瓶を傾け、その中に満ちる謎の液体を一気に飲み干した。
「桃水だと!? くそっ、厄介なものを……!」
ネクターが舌打ちしながら後ずさる。
カランカラン……
空になった小瓶が地面を転がる。
一瞬の静寂。
そして――それは始まった。
「ゔゔゔぅ……」
おじいさんとおばあさんが低く唸り声をあげる。
その瞳は血走り、全身の血管が浮かび上がるように脈打つ。
異様な変化に、モーモー太郎は驚愕した。
「お爺様!? お婆様!! どうしたのですか!?」
だが、二人の耳には届かない。
「ヴァァァァァァ……ッ!!!」
次の瞬間、彼らの肉体が異常な変化を遂げ始めた。
皺の刻まれた老体がみるみるうちに膨れ上がり、筋肉が隆起する。
枯れ枝のようだった腕は、まるで鋼の塊のように盛り上がり、
背筋はまるで戦士のそれのように張り詰めた。
年老いた二人は、今やまるで全盛期を超えた神話の戦士のような姿となっていた。
「なっ、なんだこれは……」
モーモー太郎は唖然と立ち尽くすしかなかった。
一方、ネクターはその変貌を見ながら不敵な笑みを浮かべる。
「ククク……やはりな。桃水を使うとは、命知らずめ……」
「お前……知っているのか!? 一体これは……!」
モーモー太郎が食い下がる。
「ふん、教えてやろう。桃水とはな――命を削る秘薬よ」
「なに……!?」
「“ある桃”から精製された激薬でな、飲んだ者には一時的に絶大な力を与える。だがその代償は――“命”そのものだ。飲んだが最後、数分と生きてられん」
「そんな……!!」
モーモー太郎は震える。
「ははは!! 驚いたか!? 見てみろ、この異形の姿を! これは人間の枠を超えている! 理解できずとも、これが現実だ!!」
「お爺様……お婆様……なぜ、こんなものを……!」
「ヴゥゥ……モーモー太郎や……」
おじいさんは、変貌した肉体のまま言葉を絞り出す。
「その男の言う通りじゃ……ワシらの命はあとわずか……じゃが、それで構わん……」
そして――
ズドン!!
おじいさんの巨大な足が地面を砕き、爆発的な推進力でネクターとの距離を詰めた。
「すぐに終わらせる……!!」
「フン! 老いぼれが……!」
おじいさんの拳が風を切る。
ブォォン――!
音速を超えんばかりの速さで振るわれる拳。
ネクターは即座に身を翻し、辛うじて回避する。
直後、拳が後方の大木を捉えた。
ドゴォォォォン!!!!
巨木が粉砕され、轟音とともに倒れる。
「ぐっ……!! なんて威力だ……!!」
ネクターの頬を冷や汗が伝う。
だが、次の瞬間。
砂煙の中から、鋭い影が飛び出した。
「油断したね!」
おばあさんが、圧倒的な蹴りを繰り出す。
ドガァァッ!!
ネクターの脇腹に炸裂。
「ぐあっ……!!!」
ネクターは吹き飛び、地面を転がる。
吐血し、呼吸が乱れる。
「この老いぼれが‥」
「ふぅ……ふぅ……」
おばあさんが息を荒げる。
だが、その姿は限界に近づいていた。
桃水の影響――命の炎が、急速に燃え尽きようとしていたのだ。
ネクターもまた立ち上がるが、その表情は険しい。
しかし――
その時、ネクターは素早く"モーモー太郎"へ駆け寄った。
シャキン……!!
剣を抜き、モーモー太郎の喉元に突きつける。
「くくく……さあ、どうする?」
「貴様……!」
「動けば、この牛の命はないぞ!!」
「くっ……!」
おじいさんとおばあさんの表情が凍りつく。
「老いぼれども、もう命が尽きるのは時間の問題だ……なに、無駄死にする必要はないだろう?」
「お爺様!! お婆様!!僕の事はいいから、もう無理はしないで!!」
「モーモー太郎や……すまぬ……」
おじいさんは苦しげに呟いた。
その言葉とともに――
ドサッ……
おじいさんとおばあさんが、膝から崩れ落ちる。
「くそっ……やはり……ワシらでは……」
「お爺様!!」
「モーモー太郎や……このだんごは……渡してはならん……」
「な……何なんですか!? 一体、そのだんごは……!」
「…………」
ネクターは、倒れたおばあさんに歩み寄る。
「手こずらせやがって……その巾着をよこせ」
ブチッ
巾着を奪い取る。
「無念……」
「一体、何のためにこんなことをするんだ!!」
モーモー太郎が叫ぶ。
ネクターは、不気味な笑みを浮かべた。
「世界のためさ……」
「な、何だって……?」
ネクターはモーモー太郎の元へ歩き出す。
「新世界創造のため、三神獣を手に入れるんだよ」
「三神獣……?」
モーモー太郎はその言葉の意味が飲み込めず、呆然とする。
そしてネクターはモーモー太郎の喉元に剣を向けた。
「ふん、知らなくて当然だ。だが、知る必要もない」
ネクターは剣を振り上げ、無慈悲な一撃を振り下ろそうとした。
――その瞬間だった。