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モーモー太郎伝説  作者: おいし
第三章
77/122

【第77話】黒い煙〜禁書編〜

「……おい。なんだ、その目は」


 父親が苛立ちとともに、桃一郎の胸ぐらを乱暴に掴み上げた。


 だが、桃一郎はわずかに眉を動かしただけで、静かに呟いた。


「……もう、我慢の限界だ……」


 その言葉は、まるで胸の奥底で何年も燻っていた火種が、ようやく炎へと変わる音のようだった。


「なんだと……? てめぇらを拾って育ててやったのは誰だと思ってやがる! 道端で腐って死んでたはずのガキを――!」


 叫びとともに、父親の拳が桃一郎の顔面を捉える。

 鈍い音とともに、小さな体が吹き飛び、床を転がった。


 だが、桃一郎は立ち上がり、顔を伏せながらも低く呻いた。


「……怒らせないでくれ。俺は……怒りで自分を見失うんだ……怖いんだ……自分が」


「はあ? 何わけのわからねぇことを……怒りだぁ!? 上等じゃねえか、やってみろよォ!」


 そう言って、父親はさらに拳を振るう。

 顔を、腹を、背を――執拗に殴りつける。


「やめてっ! お願い!!」

 ミコトが悲鳴のような声を上げたが、父親は聞く耳を持たなかった。


「てめぇ、俺にそんな目を向けやがって……誰がそのツラしていいって言った!? ああ!? 何が怒りだ、笑わせんなぁ!!」


 殴られ続ける中、桃一郎は呟き続けていた。


「……ダメだ……抑えなきゃ……怒りを……抑えろ……」


「気持ち悪いガキだな……そんなに怒りてぇんなら、いいこと教えてやるよ」


 父親は桃一郎の胸ぐらを掴んで引き寄せた。そして――耳元で囁く。


「お前な、ある男に頼まれて引き取ったんだよ。『育ててくれたら金をやる』ってな。前金までくれるってんで、俺たちゃありがたく引き受けたのさ」


「……えっ……」


「条件はたったひとつだったよ。『死ななければ、何をしてもいい』……ってな。ははは! 何のつもりか知らねぇが、どこの誰だか分からんヤツがよ、赤ん坊を抱えて金を積んで来たんだ。面白ぇだろ?」


 その言葉に、桃一郎は動きを止めたまま、静かに顔を伏せた。


 ミコトは耐えきれず、涙を流した。


「そんな……あんまりだ……」


 


 そのときだった。


 ――シューッ……


 まるで命の奥底から滲み出るように、桃一郎の体から、黒く、重たい“煙”のようなものが立ち上がった。


 それは瞬く間に、彼の全身を包み込む。


「な、なんだこれは……!?」


 父親が思わず手を放し、一歩後ずさる。


「うぅ……あぁああああ……」


 桃一郎は両手で頭を押さえ、唸り声を上げながらのたうち回る。

 目は血走り、呼吸は荒く、膝をついて痙攣しているようにも見えた。


 


 そして、静かに立ち上がった。


 その声は低く、凍るように冷たかった。


「……殺してやる」


 


 黒い煙が蛇のように唸りをあげ、両親の喉元へと絡みつく。

 その瞬間、空気が一変した。


「な、なんだこれは……!? く、くるしい……!」


 父が喉を押さえ、もがき始める。

 母もまた、煙に包まれ、悲鳴すらあげられないほどに顔を歪めていた。


「お前たちは……俺の親なんかじゃない。

 ……お前らは、許さない……」


 桃一郎の言葉に呼応するかのように、煙がさらに強く締めつける。


「く、くるしい……た、たすけ……!」


 泡を吹き、目を白黒させる二人。


「許さない……許さない……許さない……!」


 その姿はもはや、人の形を保っていなかった。

 怒りという名の獣が、少年の体を支配していた。


 


 「桃一郎っ!! もう死んじゃうよ!! やめてぇ!!」


 


 ミコトの叫びが、夜を裂いた。


 


 その言葉が、炎と化した怒りの海に冷たい水を注ぐ。


 


 ハッ――と息を呑み、桃一郎の瞳に僅かな理性が戻る。


 煙がゆらりと揺らぎ、空中で溶けるように消えた。


 ズシン、と両親の体が床に崩れ落ちた。


 


 桃一郎はその場に膝をつき、肩を大きく上下させながら、必死に息を整えた。


「はぁっ……はぁ……」


 全身から吹き出す汗。

 剥き出しの恐怖が、その背中に張り付いていた。


 


 ミコトがおそるおそる近づくと――


 「ダメだッ!! 来るな!!」


 突然、桃一郎が叫び、ミコトを突き飛ばした。


「近寄るな……お前を……殺してしまうかもしれない……!!」


「な、何を言ってるんだよ……」


「くそっ……!!」


 


 桃一郎は、そのまま走り去った。

 夜の帳の中へ。自分自身の“恐ろしさ”から逃げるように。


 彼の背中は、黒い煙の残り香を残して――静かに闇に溶けていった。


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