【第70話】決着の刻
流れ出る血が、視界を曇らせる。
モーモー太郎の目に映るホレスの姿は、二重に滲んで揺れていた。
「……ふぅ」
深く息を吐き、意識を一点に集中させる。
ひとたび気を抜けば、全てが崩れ落ちる。今この瞬間が、限界の境界線だった。
一方、ホレスもまた左腕を失いながら、なお狂気と闘志を燃やしていた。
二人とも分かっていた。――次の一撃が、すべてを決する。
風が吹いた。
砂塵が巻き上がり、小石が風に乗って転がる。
戦場に横たわる兵士の兜に「カツン」と乾いた音が鳴った。
その瞬間――
ダン!!
二人の足が、同時に大地を蹴った。
剣と爪が激しく衝突する。
火花が舞い、地面が削れ、空気が裂けた。
目にも止まらぬ応酬。ほんの一刹那の油断が、命取りとなる死の舞踏。
モーモー太郎の刃が横一閃に振るわれ、ホレスの右目を掠めた。
噴き出す鮮血。しかしその代償に、ホレスの蹴りが脇腹を抉った。
バキバキ……ッ!
あばらが砕ける音が、身体の内側から響く。
息が漏れ、視界が暗転しかける――それでも、モーモー太郎は膝を折らなかった。
全身の力を剣に込める。
「……終わらせる」
左足を大地に刻み、右足で踏み込む。
彼の全霊を込めた、ただひとつの――突き。
稲妻のような閃光が空を割る。
――だが。
「……遅い」
ホレスはわずかに首を傾け、その一撃を紙一重で躱した。
口角が吊り上がる。勝利を確信した笑み。
「これで終わりだ」
右腕に漆黒の影力が収束される。
モーモー太郎の隙を狙い、裂けるような斬撃が襲いかかる!
(……間に合え!)
モーモー太郎は最後の判断で桃ウィングを展開。
その巨大な白い翼で、自らを覆い隠す。
「その翼ごと、断ち斬ってやるわ!」
ズバアアアアアン!!
白銀の羽根が裂かれ、風に舞う。
戦場が、時を止めた。
夕暮れの空に、白い羽が静かに降り注いでいた。
それは美しさと哀しさが入り混じる、一枚の絵のようだった。
――だが。
「なっ……!?」
ホレスの瞳が大きく見開かれる。
そこにいるはずのモーモー太郎の姿が、翼の裏に――なかった。
「ホレス。これで、終わりだ」
背後から、静かな声。
モーモー太郎は、桃ウィングを捨て、すでに背後に回り込んでいた。
囮だったのだ――三種の神器ごと。
「貴様……貴様ァアッ!!神器を囮に!? この私を――!」
全身から金色の光がほとばしる。
桃ブレードの刀身が軋み、崩壊する寸前の光量を放ち始める。
バキバキバキバキ……!!
黄金の奔流がモーモー太郎の腕を駆け抜けた。
「――うぉおおおおおおおおお!!!」
「やめろおおおおおおおおおおお!!!!」
ズバアアアアアアアアアアアン――!!!
空が光に飲まれ、地が裂け、王宮が震えた。
それは正義か、それともただの祈りか。
すべてをかけた一閃が、闇を裂いた――!