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モーモー太郎伝説  作者: おいし
第一章
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【第7話】刺客

 日が西の空へと傾き、薄紅の光が山の稜線を染める頃、モーモー太郎とホレスは目的地へと辿り着いた。


「ここが……モーモー太郎君の育った場所か……」


 ホレスは息をのんだ。


 その場所は、まるで時の流れから切り離されたような静寂に包まれていた。深い森の奥にひっそりと佇む小さな家。周囲には青々とした草原が広がり、清らかな川が穏やかに流れている。花々が風に揺れ、鳥の囀りが心地よく響く――王宮では決して見ることのできない、自然の楽園だった。


 ホレスはこれまで何度も国の各地を巡り、人々の暮らしをこの目で見てきた。それでも、この場所の存在には気づかなかった。まるで、世界から隠された聖域のようだ。


「お爺様!お婆様!ただいま帰りました!」


 モーモー太郎は懐かしい家の戸を叩いた。


 ガラガラ……


 軋む音とともに戸が開き、そこには白髪の老人が立っていた。


「おかえ……モ、モーモー太郎!? そ、その人は……?」


 ホレスの姿を見るなり、おじいさんの表情が一瞬でこわばる。


「突然の訪問、申し訳ありません。私は王族のホレスと申します」


「お、王族じゃと……!?」


 おじいさんの額には、滝のような汗が浮かんでいた。


「驚かせてしまいましたか。この度はモーモー太郎君の力になれればと思い、お邪魔しました」


「い、いや……王族なんて初めて見るものでな。少し驚いてしまった……すまんの」


 おじいさんの声は震えていた。ホレスはそんな彼の様子を観察しつつ、静かに切り出す。


「いえ、お気になさらず。それより、お爺様、少しお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「ワシに? ……何の話じゃ?」


「モーモー太郎君についてです」


「モーモー太郎について……」


 ホレスの鋭い眼差しが、おじいさんの動きを追う。


「はい……彼は……その……」


 ホレスは言葉を選んでいた。慎重に、慎重に。


「……ホレス殿、気を使わなくてよい。この子が何者なのか、それが知りたいのであろう?この子はワシらの大切な息子。ただ、それだけじゃ」


 ホレスがさらに踏み込もうとした、その時だった。


 ドォォォン!!!!


 突如、森の奥で轟音が響いた。


 ドサァァァ!!


 次の瞬間、巨大な木が音を立てて倒れる。巻き上がる砂煙と宙を舞う葉が、空を覆い尽くした。


「な、何だ!?」


 モーモー太郎が声を上げ、身構える。


 視界の奥——倒れた巨木の向こうに、人影が見えた。


「……誰か来るぞ」


 その影は、ゆっくりと近づいてくる。


 砂煙が晴れ、姿を現したのは、一人の男だった。


 鋭い目つきに、精悍な顔立ち。短く刈られた黒髪が風に揺れる。腰には一本の剣。男の全身からは、異質な空気が滲み出ていた。


「やっと見つけたぞ……」


 男の口から発せられたのは、低く静かな声だった。


「何者だ!!」


 モーモー太郎が前に出る。


「ん? ……牛? 牛が喋っているのか?」


 男は目を細め、じっくりとモーモー太郎を見つめる。


「僕の質問に答えろ、お前は誰だ!」


「はっはっは! 何だこいつは!? 牛が俺に指図してくるとは! 面白い、ははは……」


 男は愉快そうに笑った。そして、まるで興が乗ったかのように告げる。


「俺はネクター。そこにいる爺さんと婆さんを始末しに来た」


「な、なんだって!?」


 モーモー太郎の顔が強張る。


「まぁ、そういうことだ。そこをどけ、牛」


「な、なんでそんなこと……させるものか!」


「ほぅ? お前、そこのおいぼれを守るつもりか? ますます面白いな」


「理由を言え!」


「ふん、どうせ死ぬのだ。知る必要などなかろう」


 シャキン……


 剣が鞘から抜かれる。


「なっ!? 剣を抜いたぞ!」


 ホレスが叫んだ。


「ホレスさん! お爺様! 僕の後ろへ!」


 モーモー太郎が前に出た、その瞬間——


 ガキィン!!!


 モーモー太郎の蹄とネクターの剣が激突。鋭い火花が弾ける。


「くっ……こいつ、なんて力だ……」


「ほぅ!俺の剣を受けるか! やるな、牛!」


 しかし次の瞬間——


 ドスッ!!!


 ネクターの蹴りが、モーモー太郎の脇腹をえぐる。


 ドゴォォォン!!


 モーモー太郎の巨体が吹き飛んだ。


「ぐ……ぅ……!」


「戦闘は慣れてないか。だが、俺の一撃を受けてまだ生きているとは、さすが獣」


 ネクターが笑う。


(まずい……体が動かない……)


「ホレスさん……お願いがあります……二人を連れて、逃げてください……!」


「わ、わかった!」


 ホレスが立ち上がる。


 だが——


 ドスッ!!


 ネクターの手刀がホレスの首を打ち抜いた。


 バタッ


 ホレスがその場に倒れる。


「逃がすわけがないだろう」


 ネクターの冷たい声が響く。


「さぁ、あとは爺さんと婆さんだ」


 ゆっくりと歩み寄るネクター。その刃は、今まさに振り下ろされようとしていた——


 しかし——


「もうやめい!!!」


 おじいさんの声が、響き渡った。


「誰かは知らんが、とうとう見つかってしまったか……きびだんごが欲しいのだろう?」


「ほう、物分かりが早いな。そうだ、それを貰いにきた。よこせ、そして、死ね」


「欲しいならくれてやるさ……じゃが、ただでは済まさん」


「……何?」


 おじいさんとおばあさんは、小さな小瓶を取り出す。


「桃水……これを使う日が来るとはな……」


 二人は、迷うことなくその水を飲み干した。


 そして——


 異変が、始まった。

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