【第61話】翼
白く広がる大きな翼。
その姿は、まるで天から舞い降りた神の使いだった。
――モーモー太郎。
その名が呼ばれた瞬間、
戦場に残る者たちの心に、久しく忘れていた“希望”が灯った。
「サブロウ……すまない。遅くなったな」
柔らかく、どこか懐かしい声。
その響きに、サブロウの胸が震えた。
「……本当ですよ……!」
声が震える。
膝から崩れ落ちるように、涙が地面に落ちた。
モーモー太郎は、荒れ果てた戦場をゆっくりと見渡した。
瓦礫、血、倒れ伏す仲間たち――。
そこにあるのは、誰かが守ろうとした「希望の跡」だった。
「……ひどいな」
呟いた声は静かだったが、そこには怒りが滲んでいた。
王政軍、残り百。
対する同盟軍は、五十にも満たない。
まさに壊滅の瀬戸際。
モーモー太郎の足元には、
血に染まり、意識を失った桃十郎の姿があった。
「桃十郎……こんなになるまで、よく戦ってくれた」
その目には、深い慈しみと怒りが交差していた。
やがて――
モーモー太郎の視線が、ゆっくりとドゥラスノに向かう。
「……お前がやったのか」
「そうだ。何の手応えもないゴミだった。
こんなものが“オリジナル”だなんて――失笑ものだ」
その言葉を言い終える前に。
――ドスッ!!!
空気を切り裂く衝撃。
ドゥラスノのみぞおちに、モーモー太郎のヒヅメが深々と突き刺さった。
「がはっ……!!」
鈍い音とともに、ドゥラスノの体が折れる。
膝をつき、鮮血が地面に飛び散った。
(な、なんだ……!? 一瞬で……!?)
ドゥラスノの目に、理解不能の恐怖が走る。
ただの一撃。
それだけで“力の格”が分かってしまった。
モーモー太郎は、静かに一歩下がる。
「お前の相手は……僕じゃない」
その言葉に、鬼が口角を吊り上げた。
「任せとけ、旦那」
鬼が一歩前に出る。
足音が重く響き、戦場に再び緊張が走る。
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そのとき、
城壁の上でマントが風にたなびいた。
ホレスが、薄く笑む。
「……久しいな、モーモー太郎。
よく戻ってきたものだ」
「お前を引きずり下ろすために戻った。
――覚悟しろ、ホレス」
バサッ……バサッ……バサッ……
モーモー太郎の背中の翼が広がり、光が溢れ出す。
ホレスの目が見開かれた。
「それは……」
モーモー太郎は微笑む。
「これは三種の神器――“桃ウィング”。」
ざわめく戦場。
兵たちが互いに顔を見合わせ、震えながら名を口にする。
「三種の神器……だと……!」
――三種の神器・其の参「桃ウィング」。
神獣“金鳥”、通称“大鳥”の羽を使って作られた至高の翼。
空を翔ける者、伝説の象徴。
それを背負う資格があるのは、初代“桃の集い”の英雄――ただ一人。
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モーモー太郎が、空へ舞い上がる。
「行くぞ……」
ヒュン――ッ!!
空気が裂け、姿が掻き消える。
次の瞬間。
バキィィィィィン!!!
ホレスの顔面に、モーモー太郎のヒヅメが炸裂した。
「ぐはっ――!!?」
衝撃波が爆ぜ、ホレスの体が宙を舞う。
そして、
ドオオォォォン!!!
城壁から地面へと叩き落とされ、
ホレスは土煙の中へと沈んだ。
戦場が揺れる。
誰もが息を呑む。
「立て、ホレス!」
モーモー太郎の声が、空を貫いた。
「民の痛みは、そんなもんじゃない!
ここからが――本当の戦いだ!!!」
直後、三神獣が空で雄叫びを上げた。
ギャアアアアアアァァァァァッ!!!
その声が戦場を包み、
燃え尽きかけた兵士たちの胸に、再び火を灯す。
――同盟軍と王政軍。
最後の戦いが、いま幕を開ける。




