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【第56話】怒り

 ――それは、たった五分の惨劇だった。


 土煙が静かに晴れていく。

 その中で、サブロウの目に映ったのは――無惨な光景。


 つい数分前まで、肩を並べて戦っていた仲間たち。

 その多くが、もう動かない。


「なっ……」


 息を呑み、膝が崩れる。


 握った拳が震えた。

 怒り。悲しみ。絶望。

 それらが一気に胸を突き上げる。


「ホレェェェスーーーーッ!!!」


 サブロウの絶叫が戦場に木霊した。


 その声に応えるように、城壁の上から笑い声が響く。


「ははははっ……どうした? 私ならここにいるぞ」


 王・ホレス。

 その口元には、愉悦と冷酷が同居していた。


「お前は……絶対に許さねぇ……!!

 必ずこの手で、殺してやるッ!!!」


 怒りに燃えるサブロウの瞳。

 だがホレスは、まるで虫でも見下ろすような視線で言葉を返す。


「いい眺めだな。

 今ので半数は片付いたか。残りはせいぜい二百。

 こちらの被害は五十……しかも“欠陥品”ども。

 いやぁ、実に安い買い物だったよ。ふふふ……」


「貴様ぁああああああッ!!!」


 サブロウが剣を構え、突撃しようとした瞬間――


 ガシッ!!


 誰かが、その腕を強く掴んだ。


「落ち着け、サブロウ!!!」


 振り返ると、そこには桃十郎。

 真っ直ぐな瞳が、怒りに燃える彼を射抜く。


「敵にはまだ“桃水”が残ってるかもしれねぇ。

 今突っ込めば、死にに行くようなもんだ!」


「くっ……しかし、このまま黙って――!」


「お前が突っ込んだら、誰がこの軍を導く!?

 今こそ冷静になれ、サブロウ!」


 その一言に、サブロウの動きが止まる。

 唇を噛みしめ、震える拳を地面に叩きつけた。


「……くそっ、わかってる……!」


 ヨサクが前に出て、静かに言葉を重ねる。


「サブロウさん。私もなんとか平静を保ってます……ここは、耐えましょう。」


 キタジマもまた、剣を握りしめながら頷いた。


「被害が大きいです。体制を立て直しましょう。」



 ――戦場に立つ200名の同盟軍。

 対するは200名の王政軍。


 数こそ互角。

 だが、相手は桃人。

 同数では“圧倒的に不利”――それは誰の目にも明らかだった。


 重い沈黙の中、サブロウが息を吐いた。


「……すまない。取り乱した。

 だが……この怒りは、必ず奴に返す。」


 桃十郎が静かに前へ歩み出る。


「今のまま固まって戦えば、また桃水の餌食になるだけだ。

 これからは距離を取って動く。もしまた樽が来たら、全員すぐに退避だ!」


「了解だ。各部隊、隊列を組み直せ!」

 サブロウが指示を飛ばし、残った兵たちが必死に再編を始める。


 だが、その中で――桃十郎は一人、ホレスを睨みつけていた。


「……敵は桃人。普通の戦いじゃ勝てねぇ。

 俺が先陣を切る。」


「なにっ!? 一人で行くつもりか!?」

 サブロウが叫ぶ。


「大丈夫だ。もうそれしか道は無い。それに、タオズとポクスンの戦いもある。お前たちはすぐに援護に回れる場所で準備を整えておいてくれ」


 そして、桃十郎はニッと笑った。


「それに、今の俺には――“これ”がある。」


 ――ゴゴゴゴゴッ!!


 桃十郎の足元から、桃色の風が爆ぜた。

 土を巻き上げ、空気を震わせる。


 桃ブーツが、再びその力を解き放つ。


「桃十郎さんっ! その力は、消耗が激しい…敵陣で力尽きたら…」

 キタジマが声を張り上げる。


 だが、桃十郎は微動だにしない。


「構わねぇ。

 この日のために、死ぬほど鍛えてきた。

 今日この時――俺の命、全部懸けてやる!」


 その言葉に、誰もが息を呑んだ。

 サブロウも、ヨサクも、拳を強く握る。


「……なら、必ず生きろ。無理ならすぐに引き返せ。」


「あぁ。

 俺は、仲間の死を無駄にはしねぇ。

 ここからが反撃だ!」


 桃十郎の瞳が光る。

 その瞳には、絶望の中に確かな希望が宿っていた。


 城壁の上――ホレスは、面白そうにその姿を見下ろしていた。


「……あれが“桃ブーツ”か。

 やれやれ……本当に、楽しませてくれるじゃないか。」


 冷たい笑みが、静かに夜風に溶けていく。


 ――開戦早々に、同盟軍は地獄の淵に立たされていた。


 それでも、彼らは前を向く。


 仲間の想いを背負い、

 希望を絶やさぬために――。


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