【第54話】血戦の幕開け
――戦場には、嵐の前のような静けさが漂っていた。
八百人。
同盟軍と王政軍、二つの軍が向かい合い、息を殺している。
誰一人、動かない。
風の音すら、遠ざかっていく。
その静寂を――破るように。
タッ、タッ、タッ、タッ――!
鋭く響く足音。
中央の王政軍の列から、ひとりの男が駆け出した。
迷いのない足取り。
しかし、その姿は異様に滑らかで、まるで“死”そのものが向かってくるようだった。
「なにか……来る。」
サブロウが小さく呟く。
「……あれは――」
タオズの目が細まる。
「メロコトン……!」
空気が一変する。
肌を刺すような冷たい緊張。
桃色の長髪が風に流れ、
肩にかけた長剣が光を反射する。
その男――特秀ランク、メロコトン。
王政軍最凶の“処刑人”と呼ばれた存在。
命令を受けたら、どんな相手も迷いなく斬る冷酷な剣士。
彼の視線が、ぴたりと定まる。
その先には――タオズとポクスン。
「……俺たちを狙ってるな。」
タオズが口角を吊り上げる。
「へっ。上等だ。裏切り者を処刑しに来たってわけか。」
ポクスンも鉤爪を構え、笑みを浮かべる。
その瞬間――
ヒュッ!!
空気が裂けた。
メロコトンの姿が、消えた。
「来るぞ!!」
サブロウの叫びが響いた刹那、
――ジャキィィィン!!!
――ズパァァアーーン!!
閃光のような斬撃が走る。
「ぐっ!!?」
タオズとポクスンは鉤爪を交差させて受け止めたが――
――バキィィィン!!
衝撃波とともに、二人の身体が吹き飛ぶ。
城壁に叩きつけられ、地面がひび割れた。
凄まじい斬撃。
花びらが散る。
風が止まる。
ただ一人、戦場の中央に立つ影。
その肩に、血を吸ったように光る長刀。
特秀、メロコトン_____
冷たく言い放つ。
「裏切り者には死を。
それがホレス様の掟だ。」
低く、鋭く。
凍りつくような声が、全軍に響き渡った。
「双子だけじゃない。
そこにいる“桃人”全員が、対象だ。」
静寂。
同盟軍の中に、わずかな動揺が走る。
(…びくっ……!)
士気が揺らぎかけた、その時――
――ズシィッ!!
地を踏みしめる音。
一歩、前へ出た。
桃十郎。
その全身から、影力が溢れ出す。
荒れ狂う風が、戦場を巻き上げた。
「怯むなぁぁぁぁぁッ!!!」
怒号が響く。
圧倒的な気迫に、兵たちの目に再び火が灯る。
「おっ…おおおおおおおおおお!!!」
桃十郎は剣を握りしめ、メロコトンに突進する。
――ガキィィィン!!
刃と刃がぶつかる瞬間、
空気が爆ぜた。
金属音が空を裂き、花びらが弾け飛ぶ。
「……お前か。オリジナルの桃人。」
メロコトンの目がわずかに細められた。
桃十郎は息を荒げながら睨み返す。
「全員!ここで勝つぞ!!
俺たちの未来のために――ッ!!」
その叫びが、戦場の全てを貫いた。
「うおおおおおおおおお!!!」
同盟軍が一斉に吠え、サブロウが剣を振り上げる。
「同盟軍――突撃だぁぁぁぁぁ!!!」
――ドドドドドドドドドドドッ!!
大地が震える。
人と桃人の咆哮が混じり合い、戦場が爆発する。
鉄と血と光が交錯する。
叫び、怒号、刃の閃き――すべてが渦を巻いた。
王政軍対同盟軍。
最終決戦が――いま、幕を開けた。
_____
一方、戦場の喧騒の中――。
剣と怒号の波をかき分けるように、
再び、桃十郎とメロコトンが対峙していた。
周囲の音が遠のく。
二人の間には、張り詰めた空気だけが残った。
「邪魔をするな、オリジナル。」
メロコトンの声は氷のように冷たく、
その刃先がわずかに震えた瞬間、殺気が弾ける。
だが――
――ガラガラガラ……ッ!!
瓦礫を弾き飛ばす音が響いた。
桃十郎が振り返ると、
砂煙の中から、二つの影がゆっくりと歩み出てくる。
「タオズ、ポクスン……!」
立ち上がるタオズとポクスン。
その眼光は炎のように燃えていた。
「桃十郎、こいつは……俺らの獲物だ。」
「手ぇ出すんじゃねぇぞ。」
血を流しながらも、二人は笑っていた。
メロコトンの唇が、愉快そうに歪む。
「裏切り者ども。
俺が直々に、地獄へ送ってやろう。」
長剣がゆっくりと構えられる。
刃が桃色の光を反射し、空気が震えた。
桃十郎は二人の前に立ち、低く問いかける。
「お前ら、本当にやれるか。」
タオズが、歯をむき出しにして笑った。
「はっ、誰にモノ言ってんだ。
俺たちを誰だと思ってる?」
隣のポクスンも、傷だらけの腕で鉤爪を構えながら続ける。
「なめるな。俺達も“双子の特秀”だぜ。」
その言葉に、桃十郎の表情が和らぐ。
「……わかった。任せたぞ、タオズ、ポクスン。」
そう言い残し、桃十郎は戦場へと駆けていく。
剣を振るいながら、仲間の陣へと戻った。
「余計なお世話だぜ、オリジナル様はよ!」
タオズが背中に怒鳴る。
「舐められてんじゃーか!兄者!」
ポクスンが小さく笑う。
「へっ、うるせぇ。それを言うならお前もだろ。さぁ、今は目の前のこいつだ。」
二人が同時に踏み出す。
影力がぶつかり、空気が弾けた。
メロコトンが剣を構え、目を細める。
「……せいぜい、見苦しく足掻け。」
「見苦しいのは、てめぇの顔だ!」
「ぶっ飛ばすぞ!!」
――ドガァァァァンッ!!
鉤爪と剣がぶつかり合い、閃光が迸る。
音が爆ぜ、花びらが舞う。
タオズが左から切り込み、ポクスンが右から爪を振るう。
双子の連携――まるで鏡のように動く。
再びぶつかる刃と刃。
その背後では、五百の同盟軍と三百の王政軍が激突していた。
剣がぶつかり、叫びが空を震わせる。
――まさに地獄。
だが、誰も退かない。
命を懸けた戦いが、今まさに火花を散らしていた。




