【第50話】殺さずの勝利
――戦場に、風が巻いた。
桃十郎の足元から溢れる影力が空気を裂き、
地を揺るがすほどのオーラが戦場全体を包み込む。
その瞬間、まるで時間が止まったかのように――
すべての視線が、桃十郎に注がれた。
「……ふぅ」
静かに息を吐きながら、桃十郎は目を閉じた。
(桃ブーツ……この力、凄まじい。だが、持って1分が限界……)
(だからこそ、一撃で決める!)
圧倒的な気迫を放つ桃十郎に、タオズとポクスンも身構える。
先ほどとはまるで別人のような存在感。
その時だった。
――スッ。
桃十郎の姿が、消えた。
「――!?」
タオズが反応する間もなく、ドゴォオオオンッ!!
爆音とともに、タオズの身体が空を舞った。
(なっ……何が……起きた!?)
動揺するポクスン。
だが――彼の思考は、そこまでだった。
――ズサァアアッ!!
背後から鋭い斬撃が襲い、ポクスンの身体を地面に叩きつける。
「ぐはっ……あああっ!」
一瞬だった。
“速すぎて見えない”などという生ぬるい言葉では表せない。
桃十郎は、すでに“見える速さ”の領域を超えていた。
(これが……これが、桃から生まれた者の真の力……!)
ヨサクが、ただ静かに見つめていた。
桃十郎は踏み込む。
「ふぅ……行くぞ!!」
――ドドドドドドッ!!
踏み出すたびに地が割れ、斬撃が稲妻のように飛ぶ。
「ぐわああっ!!」
「ぎゃあっ……!」
タオズも、ポクスンも、完全に圧倒されていた。
特秀ランクであるはずの彼らが、なす術もなく蹂躙されていく。
それこそが――三種の神器“桃ブーツ”の真の力。
そして――
「うりゃぁあああああッ!!」
桃十郎が高く跳び、渾身の斬撃を振り下ろす――!
――が、その刃は途中で止まった。
両の特秀は、すでに意識を失っていた。
桃十郎は剣を静かに引き、右手を高く掲げた。
「ヨサク――俺はもう、桃人を殺さない!
これで、決着だッ!!」
その言葉が、戦場に響き渡る――。
「おおおおおおおおお!!」
同盟軍から歓声が湧き上がる。
あまりにも鮮烈な勝利。
誰もが見た――「殺さずして勝つ」という、新たな戦い方を。
特秀ランクの双子の敗北により、残る桃人たちは一気に戦意を喪失。
刃を下ろし、次々に投降した。
キタジマ率いる解放軍が即座に桃人たちを拘束。
全員を保護し、治療と洗脳解除の準備が進められた。
この日――
戦死者、ゼロ。
桃人120名、解放軍・レジスタンス合わせた同盟軍300名。
血は流れたが、命は奪われなかった。
西の町、完全制圧。
それはただの勝利ではなかった。
――「桃人と人間は共に歩める」という可能性が、確かな形で証明された瞬間だった。