【第5話】鬼ヶ島
波に揺られ、ついにモーモー太郎は鬼ヶ島へとたどり着いた。
船を漕ぐ手を止め、荒々しい波が岩場を打ちつける音を耳にしながら、彼は静かに海を見つめる。
「ここが……鬼ヶ島……」
意を決し、船を降り、固く締まった砂浜に足を踏み入れる。
ザクッ……
その瞬間、モーモー太郎は目を見開いた。
島のいたるところで炎が上がり、黒煙が渦巻いている。
地面はひび割れ、ところどころから赤々とした溶岩が流れ出していた。
熱い——
まとわりつく熱気が肌を焼くようで、立っているだけでも息苦しい。
鬼ヶ島はまさに地獄そのものだった。
恐怖が心を締め付ける。
(僕は……怖がっているのか? いや、怖がるな! このために僕は生まれてきたんだ!)
自分に言い聞かせ、震える足を無理やり前へと進める。
歩みを止めたら、二度と前に進めなくなる気がした。
「行くぞ……!」
拳を握りしめ、一歩、また一歩と鬼ヶ島の奥へと向かった。
⸻
灼熱の大地を歩くことしばし、モーモー太郎の目の前に、異様な洞窟が現れた。
岩肌はまるで鬼の爪痕が刻まれたようにギザギザに削れ、奥からは不気味な風が吹き出している。
「ここだ……間違いない」
鬼の巣窟。
洞窟の中は、無数のたいまつの炎に照らされ、赤黒い影が揺らめいている。
重苦しい空気が漂い、足を踏み入れた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
それでも、モーモー太郎は歩を止めない。
ゴォォォォ……
風が吹き抜けるたびに、洞窟の奥から何かのうなり声のような音が響いてくる。
「……行くしかない」
恐怖を押し殺しながら、彼は奥へ奥へと進んだ。
そして——
洞窟の最深部にたどり着いた瞬間、モーモー太郎の足が止まった。
「はぁ……はぁ……」
息が荒くなる。
震えが止まらない。
そこに——それがいた。
鬼——
想像を遥かに超えた存在。
モーモー太郎が思い描いていた鬼とはまるで違った。
5メートルを超える巨躯。
全身は赤黒く、鋼のような筋肉に覆われている。
黄金色の瞳が鋭く光り、鼻息ひとつで周囲の空気が震える。
(な、なんだこの圧迫感は……!?)
足が動かない。
言葉すら出ない。
まるで体がすくんでしまったようだった。
それでも、震える唇をなんとか動かし、モーモー太郎は叫んだ。
「お、お、おい! 僕は、お、お前を退治しに来たぞ!」
——その瞬間。
鬼の目が、ゆっくりとこちらに向けられた。
「……あ”っ?」
低く、地響きのような声が洞窟内に響き渡る。
ズン……ズン……
鬼が歩み寄るたび、地面が揺れた。
その威圧感だけで、呼吸の仕方すら忘れそうになる。
「がはははは! 何だお前は!? 牛か!? それに、震えて動けないではないか!」
鬼は豪快に笑った。
その笑い声は洞窟内に反響し、モーモー太郎の心を打ち砕くようだった。
だが——
「あああああああ!!!」
モーモー太郎は雄叫びを上げた。
(奮い立たせろ! 何のためにここへ来た! この日のために毎日鍛えてきたじゃないか!)
目つきが変わる。
戦士の眼だ。
「行くぞお前ら!」
モーモー太郎は背中のヒモを解いた。
犬!
猿!
キジ!
3匹の仲間が、いざ決戦に——
——と思った次の瞬間。
3匹は光の速さで洞窟の出口へと逃げ去っていった。
「…………」
「…………( ͡° ͜ʖ ͡°)」
(いや……最初からあいつらには頼ってなかった……)
気を取り直し、モーモー太郎は全身に力を込めた。
「うおおおお! 僕がやるぞぉぉぉ!!!」
雄叫びを上げ、鬼へと向かう。
「いい度胸だ!」
鬼が立ち上がる。
天井に頭がつきそうなほどの巨体。
熱気、圧倒的な迫力。
それでも、モーモー太郎の気迫は負けていなかった。
「僕の蹴りを受けてみろ!!」
その瞬間、モーモー太郎は気がついた。
(やばい……僕の蹴りは後ろ足だ……! 鬼は前から襲ってくる)
焦る。
体勢を整えようとする。
だが——
「ガシィッ!!」
鬼の巨大な手が、モーモー太郎の体を鷲掴みにした。
「おい! 鬼! 聞け! 僕はこの日のために蹴りを鍛錬してきたんだ! 正々堂々勝負しろ!」
必死に叫ぶモーモー太郎。
だが、鬼は豪快に笑った。
「ガハハハ!!」
次の瞬間——
ブンッ!!!
モーモー太郎の体は宙を舞った。
「うわぁぁあ!!!」
そのまま遠くへと投げ飛ばされ、岩場に激突した。
ドゴォンッ!!
全身に激痛が走る。
意識が遠のく。
敗北——
モーモー太郎は、鬼の圧倒的な力の前に、完膚なきまでに打ちのめされたのだった。
鬼は、あまりにも強大な敵であった——。