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モーモー太郎伝説  作者: おいし
第二章
45/122

【第45話】リーダーの正体

 ペーシュが倒れたことで、東の町はついに解放された。

 長きにわたって支配と恐怖に縛られていた町に、久しぶりに静けさが訪れる。


 サブロウと桃十郎はレジスタンスの仲間たちと無事に合流し、束の間の休息を得ていた。




 ――その夜。




「サブロウ、どうする? 解放軍のアジトに行くのか?」


 焚き火の明かりに照らされながら、桃十郎が問いかけた。


 サブロウは黙ったまま、手元の剣を見つめている。


「……俺たちは、ずっと……桃人たちと戦い続けてきた。

 仲間も町も守るために、剣を振るってきた。

 だが……あいつら解放軍は、桃人を“救う”と言っていた。

 ――打倒ホレスという目的は同じでも、その在り方は……全くの別物だ」


 声には戸惑いと、わずかな怒りが混じっていた。


「桃人たちは、俺たち人間に敵意をむき出しにしてくる。

 まるで、根っこのところから人間を憎んでいるようだった。

 そんな相手を……“救う”なんて考えたこともなかった」


「……俺たちとは真逆の思想だ。

 解放軍のリーダーに会って、いったい何を話すっていうんだ……」


 サブロウは自分自身に問いかけているようだった。

 心の中で、過去の戦いが渦巻いていた。



 その時、桃十郎が静かに口を開いた。



「……サブロウ。会ってみないか?

 たしかに、あいつらとは考えが違う。けど、今後桃人と戦う上で、解放軍って存在は避けて通れないと思う。

 一度会って、ちゃんと話を聞いてみるべきじゃないか」


 焚き火の火がパチパチと弾ける。

 その音の中で、しばしの沈黙が流れた。



「……そうだな」



 ようやく、サブロウが答える。だが、その声にはわずかな迷いが残っていた。



 彼の中に、拭いきれない不安があった。



 ――そもそも、解放軍という組織は本当に“善”なのか?

 そして何より、自分たちが今まで積み重ねてきた戦いは……正しかったのか?



(……俺は、これまでたくさんの桃人を斬ってきた。

 民のため、正義のため、そう信じていた。

 だが……もしあれが、すべて“洗脳された犠牲者”だったとしたら……)



 胸の奥が締めつけられる。



(俺は……間違っていたのか……?)



 サブロウは、己の信じてきた正義と、新たな可能性との狭間で揺れていた。

 それでも――彼は進むことを選んだ。


 迷いながらも、真実を知るために。


 そして、サブロウと桃十郎は、謎多き組織“解放軍”のアジトへと足を運ぶことを決めた。


 そこで彼らを待ち受けているものが、“希望”か、それとも“絶望”か――

 それは、まだ誰にも分からなかった。






――数日後。




 サブロウたちは、指定された場所へとたどり着いた。


 レジスタンスの中でも選りすぐりの精鋭二十名が共にいる。

 しかしその地に待ち受けていたのは、何もない荒野だった。


 見渡す限り、風と砂。


 生命の気配すらない無機質な世界に、ただ乾いた風が吹き、砂塵が巻き上がる。



「こんな場所に……アジトが?」


 誰かがつぶやく。



「――待て。あそこだ。誰か来るぞ」


 砂埃の向こうから、ゆっくりと歩み寄ってくる影があった。

 視界が晴れるにつれ、その姿がはっきりと見えてくる。



 現れたのは――副長・キタジマだった。



「よくぞ来てくれました!」

 爽やかな笑みを浮かべ、キタジマは一同を迎える。


「この先に、我々のアジトがあります。どうぞ、案内させてください」


 強くなる風の中、目を細めながらキタジマの背に続く。

 何もないはずの荒野を歩いていると――ふいに、空気が変わった。



 砂嵐が、ぴたりと止んだ。

 その一帯だけが、不自然なほど静かで、視界が澄んでいる。




 そして目の前に現れたのは――


 巨大なクレーターだった。


 

 まるで隕石が落ちたかのように、地面がぽっかりと抉れている。


「な……なんだここは……」


「この下に、我々の拠点があります。どうぞ、こちらへ」


 キタジマの案内で、クレーターの縁にある階段をゆっくりと降りていく。


 数十メートル下――巨大な岩の壁に、人工的な扉が埋め込まれていた。



「お疲れ様です。この扉の先が、我々のアジトです」



 キタジマが鉄の壁に手をかざすと――



 ゴゴゴゴゴゴ……


 

 重厚な鉄の扉がゆっくりと開いていく。

 その奥に現れたのは――予想を遥かに超えた“世界”だった。


「――っ、これは……」



 サブロウと桃十郎は、言葉を失った。



 そこには、かつての鉄工場と思しき巨大な空間が広がっていた。

 老朽化し、砂にまみれた巨大な施設――しかしその空間を、人々が確かに“生きて”いた。



「我々解放軍は、ここを拠点として活動しています。

 現在ここには、人間と桃人合わせて約600名の仲間たちが生活しています」


「共存……だと……?」


 サブロウは思わず声を漏らす。

 そして、視界に映るのは信じがたい光景だった。



 桃人と人間が――肩を並べて作業し、笑い合い、共に暮らしている。



「見ての通り、非戦闘員も多く在籍しています。

 私たちは全ての桃人を解放し、人間とともに生きる道を探しているのです」


「……信じられん。こんな光景……想像すらしなかった」


 女性が桃人と並んで食事をし、子どもたちが笑いながら走り回っている。

 あまりに“普通の暮らし”すぎて、異質だった。


 サブロウたちが歩くたびに、人々が目を向ける。

 だが誰一人として、敵意を持つ者はいなかった。


 ただ、静かに、温かく――彼らを受け入れるように見つめていた。



_____



 やがて、キタジマはある一室の前で足を止める。


 無機質な金属扉の前で、彼は振り返り、真剣な表情を見せた。


「……さあ。こちらが、解放軍の“リーダー”の部屋です」


 その言葉に、二人はごくりと息を飲む。



(ここに……“解放軍の頭”がいる……)



 緊張が場の空気を引き締める。



「入ります」



 キタジマが扉に手をかけ、ゆっくりと開いた__






 そこには、一人の男が静かに腰掛けていた。

 まだ二十歳を迎えたばかりか、それ未満にも見える。

 年齢でいえばサブロウと大差はない――だが、その佇まいは明らかに“何か”が違っていた。


 薄桃色の髪が静かに揺れている。

 白く透き通るような肌、そして羽織った深いマント。

 背丈は高くない。線は細く、どこか儚ささえ漂わせていた。


 一見すれば優しげな青年――だが、その眼差しには言いようのない威厳が宿っていた。

 まるで、長い時を見つめてきた者のような、静かな風格。


「ヨサク様。ただいま戻りました。こちらが、レジスタンスのサブロウと桃十郎です」


 キタジマが恭しく頭を下げる。


(ヨサク……これが、解放軍のリーダー……)


 サブロウの視線が鋭くなる。


「ようこそお越しくださいました。私は解放軍のリーダー、ヨサクと申します」

 柔らかな声が響く。


「あなた方の噂は以前から聞いています。戦い続けるレジスタンス――その存在に、私は深く興味がありました」



「……レジスタンス、サブロウだ」

「桃十郎だ」



 ヨサクは頷くと、にこやかに言った。

「ぜひ一度、話をさせていただきたかった。奥で、少し腰を落ち着けましょう」


 静かに促され、二人はヨサクと共に奥の部屋へと通された。



「サブロウさん、桃十郎さん」

 円卓を囲み、ヨサクは真正面から二人を見据える。


「まず、お聞きしたい。あなた方は、“桃人”について、どう思われていますか?」


「……ホレスが人工的に生み出した兵士。

 生まれながらに人間に憎しみを抱き、戦うよう作られた存在だ」


 サブロウが即答する。


 ヨサクは、静かに首を横に振った。


「……世間では、確かにそう言われていますね。

 けれど、それは正確ではありません。

 “桃人”は、生まれながらに人を憎んでなどいませんよ」


 ヨサクの声には、一切の怒りも嘲りもなかった。ただ事実を語るような口調だった。


「彼らは、ホレスのもとで“そう育てられた”だけなのです。

 生まれた時から徹底した教育と洗脳を受け、“敵”として人間を刷り込まれている。

 だが、その枷を外せば――人間と桃人は、共に生きることができる。

 私たち解放軍は、それを証明してきました」



(確かに……あのアジトの光景……)

(桃人と人間が、自然に共に生きていた。あれは――演技なんかじゃなかった)


 サブロウは目を伏せる。


「……解放軍の目的は明確です」

 ヨサクは言葉を続ける。


「桃人すべての洗脳を解き、ホレス王政を打倒する。

 そのために、私たちはここで共に戦い、共に暮らしています」


「だがな……!」

 サブロウが声を荒げた。


「今、町を占領している桃人たちは、そんな理屈が通じる相手じゃない!

 あいつらは、問答無用で襲ってくるんだ。

 今この瞬間にも、何の罪もない人々が支配され、傷つけられてる!」


「……わかっています。戦いは避けられません。

 だからこそ、我々はあなた方に“協力”をお願いしたい」


「協力……だと? 具体的に、何をしろというんだ」


 ヨサクは、はっきりと答えた。


「レジスタンスはこれまで通り、町の解放に動いていただいて構いません。

 ただひとつだけ……桃人を、殺さずにいていただきたい」


「なに……?」


「戦闘後、洗脳を解くのは私たちの役目です。

 すでに多くの桃人たちが、ここにいる仲間たちのように心を取り戻しています。

 どうか、無駄に命を奪わず、我々に託していただけませんか?」


 言葉の重さに、サブロウも桃十郎も、返す言葉を失う。


「もちろん、この約束を受け入れていただけるなら……」

 ヨサクは静かに告げた。


「解放軍の戦闘員200名を、レジスタンスに貸し出すことも可能です。

 王政打倒に向けて、共に戦えると信じています」


「200……!?」


 サブロウの目が見開かれる。

 その数は、レジスタンス総戦力の倍にも匹敵する。


 そんな中、桃十郎がふと問いかけた。


「ヨサク……お前は、なぜそこまで桃人に肩入れできる。

 いや……“人間”であるはずのお前が、なぜそこまでできる?」



 一瞬、静寂が落ちる。



 そして――ヨサクは小さく息を吸い、静かに告げた。


「……439号。

 それが、かつて私に与えられた識別番号です」


 ゆっくりと、彼の目がサブロウたちを見据える。


「――私は、“人工桃人”です」


 その一言が、部屋の空気を凍らせた。

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