表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モーモー太郎伝説  作者: おいし
第一章
3/126

【第3話】犬、猿、キジ

 朝――。


 森の小道を、金色の光がゆるやかに染めていた。

 冷たい風が草の葉を撫で、さらさらと微かな音を立てる。


 モーモー太郎は、その中を歩いていた。

 蹄が土を叩く。こつ、こつ、と一定のリズム。

 だが、その背に張りつく緊張は重かった。


「……港町に着いたら、鬼ヶ島はすぐ近くだ。

 大丈夫……僕なら、きっとできる……」


 小さな声で、自分に言い聞かせる。


 だが、胸の奥では二つの声がせめぎ合っていた。

「できる」という声と、「できるのか?」という声。


 鬼――

 それは、語り継がれる“恐怖”そのもの。

 姿を知る者はほとんどいない。

 ただ「封じられた」と伝えられるだけの、輪郭なき絶望。


 足が止まる。

 わずかに空を仰ぐ。

 曇りもない青空が、妙に遠く感じられた。


 不安が胸を締める、その時――


――ガサッ。


 森が動いた。


 茂みが大きく揺れ、葉が舞う。

 冷たい空気がざわ、と波打つ。


 モーモー太郎は即座に身構えた。

 心臓が一際大きく鳴る。


 影が三つ――走り抜けた。


 風を切る音。

 土埃。

 獣の匂い。


 やがて姿を現したのは――


 犬。

 猿。

 雉。


 三匹の獣。


 ただの野生ではなかった。

 一定の距離を保ちながら、モーモー太郎を真っ直ぐに見つめている。


 その瞳は、人の心を覗き込むように深く――ぞくり、と背筋が震えた。


「な、なんだ……お前たち……」


 応えはない。


 犬はじっと耳を立て、

 猿は枝に爪をかけたまま、目を逸らさず、

 雉は羽をわずかに震わせ、風を鳴らす。


――ただ見ている。


 その視線に、妙な既視感が胸を打った。


 頭の奥が熱を帯びる。

 心の奥で、何かが弾けた。


(これは……? 知っている……?)


 生まれる前から決まっていたような……

 運命の継ぎ目に触れるような感覚。


 思わず口が動いていた。


「……おい。お前たち」


 声は自然に、重く響く。


「俺と来ないか。……鬼退治に」


 言葉が風に乗り、三匹へと届いた。


……沈黙。


 犬は首をかしげ、

 猿は枝を揺らしもせず、

 雉は羽音を一度、鳴らしただけ。


 応えはない。


「……やっぱり、無理か。獣に……言葉なんて……」


 はっと我に返る。

 急に恥ずかしさが胸を刺し、頭を振った。


「……でも」


 腰から縄を抜き、口にくわえる。

 一気に走った。


「なら――強引にでも!」


 投げた縄が、空を走る。

 ひゅっ、と音を裂き――絡み取った。


 犬、猿、雉。


 三匹は暴れた。

 犬は鼻を鳴らし、

 猿は牙を剥き、

 雉は羽をばたつかせる。


 だが、モーモー太郎の瞳は揺るがなかった。


「いいか……お前たちは、もう仲間だ」


 声は低く、まっすぐだった。


 不思議なことに、暴れはすぐに収まった。

 三匹は、それぞれ彼の瞳を一度だけ見つめ――静かに落ち着いた。


 ……まるで、受け入れたかのように。


 モーモー太郎は縄を握ったまま、再び歩き出す。


 港町へ。

 その先にあるのは、鬼ヶ島――封じられた“恐怖”。


 だが今、彼の背には三つの影が寄り添っていた。


 言葉はなくとも。

 それは、名もなき誓いのように――確かにそこにあった。


 こうしてモーモー太郎の旅は、新たな仲間と共に続いていく。

 運命に導かれるようにして――。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ