【第3話】犬、猿、キジ
朝――。
森の小道を、金色の光がゆるやかに染めていた。
冷たい風が草の葉を撫で、さらさらと微かな音を立てる。
モーモー太郎は、その中を歩いていた。
蹄が土を叩く。こつ、こつ、と一定のリズム。
だが、その背に張りつく緊張は重かった。
「……港町に着いたら、鬼ヶ島はすぐ近くだ。
大丈夫……僕なら、きっとできる……」
小さな声で、自分に言い聞かせる。
だが、胸の奥では二つの声がせめぎ合っていた。
「できる」という声と、「できるのか?」という声。
鬼――
それは、語り継がれる“恐怖”そのもの。
姿を知る者はほとんどいない。
ただ「封じられた」と伝えられるだけの、輪郭なき絶望。
足が止まる。
わずかに空を仰ぐ。
曇りもない青空が、妙に遠く感じられた。
不安が胸を締める、その時――
――ガサッ。
森が動いた。
茂みが大きく揺れ、葉が舞う。
冷たい空気がざわ、と波打つ。
モーモー太郎は即座に身構えた。
心臓が一際大きく鳴る。
影が三つ――走り抜けた。
風を切る音。
土埃。
獣の匂い。
やがて姿を現したのは――
犬。
猿。
雉。
三匹の獣。
ただの野生ではなかった。
一定の距離を保ちながら、モーモー太郎を真っ直ぐに見つめている。
その瞳は、人の心を覗き込むように深く――ぞくり、と背筋が震えた。
「な、なんだ……お前たち……」
応えはない。
犬はじっと耳を立て、
猿は枝に爪をかけたまま、目を逸らさず、
雉は羽をわずかに震わせ、風を鳴らす。
――ただ見ている。
その視線に、妙な既視感が胸を打った。
頭の奥が熱を帯びる。
心の奥で、何かが弾けた。
(これは……? 知っている……?)
生まれる前から決まっていたような……
運命の継ぎ目に触れるような感覚。
思わず口が動いていた。
「……おい。お前たち」
声は自然に、重く響く。
「俺と来ないか。……鬼退治に」
言葉が風に乗り、三匹へと届いた。
……沈黙。
犬は首をかしげ、
猿は枝を揺らしもせず、
雉は羽音を一度、鳴らしただけ。
応えはない。
「……やっぱり、無理か。獣に……言葉なんて……」
はっと我に返る。
急に恥ずかしさが胸を刺し、頭を振った。
「……でも」
腰から縄を抜き、口にくわえる。
一気に走った。
「なら――強引にでも!」
投げた縄が、空を走る。
ひゅっ、と音を裂き――絡み取った。
犬、猿、雉。
三匹は暴れた。
犬は鼻を鳴らし、
猿は牙を剥き、
雉は羽をばたつかせる。
だが、モーモー太郎の瞳は揺るがなかった。
「いいか……お前たちは、もう仲間だ」
声は低く、まっすぐだった。
不思議なことに、暴れはすぐに収まった。
三匹は、それぞれ彼の瞳を一度だけ見つめ――静かに落ち着いた。
……まるで、受け入れたかのように。
モーモー太郎は縄を握ったまま、再び歩き出す。
港町へ。
その先にあるのは、鬼ヶ島――封じられた“恐怖”。
だが今、彼の背には三つの影が寄り添っていた。
言葉はなくとも。
それは、名もなき誓いのように――確かにそこにあった。
こうしてモーモー太郎の旅は、新たな仲間と共に続いていく。
運命に導かれるようにして――。