【第29話】脱出
「……おい、モーモー太郎!」
桃十郎は血を吐くように叫んだ。唇を強く噛み締め、震える声で続ける。
「死んだら――殺すからな!!」
その言葉に、戦場の音が一瞬遠のく。
モーモー太郎は虚空を見つめ――そして小さく笑った。
「……なんだよ、それ。矛盾してんぞ」
だが、その微笑みには確かな覚悟が宿っていた。
別れを受け入れた者だけが持つ、静かで揺るぎない強さ。
「レジスタンス! 一塊になれ! 集まれ!!」
モーモー太郎の咆哮に応じ、仲間たちが必死に集まってくる。
満身創痍の戦士たち――残ったのはわずか二十名。
肩を貸し合い、血を拭いながら、それでも立ち上がる者たち。
その中には、慎重に抱えられた桃九郎の亡骸もあった。
「この人を置いてはいけない」
誰もがそう思っていた。英雄を見捨ててはならない、と。
だが――前方にはなお、百を超える王政兵が立ちはだかっていた。
殲滅は時間の問題。
_____
「サブロウ!」
モーモー太郎は鋭い声を飛ばす。
「僕が前に出て敵を引きつける。その隙に一点突破で、全員出口まで駆け抜けろ!」
「なっ!? そ、そんな……無茶だ!! 一緒に逃げましょう、まだやり方は――!」
サブロウが叫ぶ。しかしモーモー太郎は静かに振り返り、片目を細めた。
「話はさっき桃十郎と済ませた。時間がない。行くぞ」
サブロウは言葉を失い、手が震えた。
だが隣の桃十郎が、その肩に手を置く。
「……ぐっ……!」
嗚咽を押し殺し、サブロウは頷いた。
「……これが終わったら、必ずまた――会おう」
モーモー太郎は背を向けたまま、片手を高く挙げて応えた。
「……あぁ。約束だ」
_____
そして――
レジスタンスは一つに集まり、決死の塊となって出口を目指す。
その先にあるのは、わずかな光。
「僕が道を切り開く! ついて来いッ!!」
モーモー太郎が咆哮を上げる。
――ズドォォォォンッ!!!
大地が揺れた。
全身から溢れ出す力が爆発し、王政兵の壁を強引に切り裂く。
鉄の鎧ごと吹き飛ばされ、兵たちが悲鳴を上げて宙を舞う。
「モーモー太郎さんに続けぇぇぇぇッ!!」
サブロウの声が響き渡る。
仲間たちは血を流しながらも必死に後を追った。
「うおおおおおッ!!」
桃十郎は片足を引きずりながら、それでも仲間を庇い剣を振るう。
刃が火花を散らし、血飛沫が舞う。
_____
「ホレス様の命令だ! 牛は生け捕りだ! 残りは全員殺せッ!!」
脇腹を押さえ、なお立ち続けるネクターが怒号を飛ばす。
その声に応じ、王政兵が怒涛のように襲いかかる。
「くそっ……攻撃が止まらねぇ……!」
「耐えろ! あと少しだ……!」
剣と剣がぶつかる轟音。
爆風が吹き荒れ、視界が煙と血で曇る。
戦場はもはや地獄。
それでも彼らは進んだ。
限界を超えた肉体と精神で――ただ“前へ”と。
_____
そして――ついに。
広大なアジトの出口。
重々しい鉄の扉が、目の前にそびえ立つ。
「ここで……二手に分かれる」
モーモー太郎が立ち止まり、振り返る。
背には扉。前には仲間たち。
誰もが理解していた。
――彼が、この場を引き受けるのだと。
「モーモー太郎さん……必ず、助けに行きます!」
サブロウの叫び。
「……おう!」
その一言に、全ての想いが込められていた。
仲間たちは涙をこらえ、振り返らず駆け上がっていった。
――そして。
モーモー太郎は、鉄の扉を静かに閉ざした。
――ゴォォォォン……ッ
重く鈍い音が、闇に響いた。
「さぁ…僕が相手だ。」
_____
どれほどの時間が経ったのか。
モーモー太郎の呼吸は荒れきっていた。
胸は焼けるように熱く、肺は悲鳴を上げる。
汗と血にまみれた体は震え、蹄から感覚が消えていた。
「はぁ……はぁ……」
だが、それでも彼は倒れなかった。
足元には無数の敵兵。
百を超えたはずの王政兵は、その半数以上が地に沈んでいた。
――たった一人で、ここまで戦ったのだ。
「……逃げ切れて……いれば……いいが……」
朦朧とする意識の中、モーモー太郎は天井を仰ぐ。
そこには仲間の背中、桃九郎の笑顔が浮かんでいた。
――バタリ。
巨体が崩れ落ちる。
ついに、力尽きた。
_____
「……牛は捕らえたが、レジスタンスは取り逃がしたか」
血まみれのネクターが、立ち尽くすモーモー太郎を見下ろす。
その口元には、血の味を含んだ笑み。
「まぁ、いい。桃九郎もいない今、残ったガキどもに何ができる……?」
それは勝者の余裕か。
あるいは虚勢か。
モーモー太郎の意識が戻ることはなく、手足を拘束され――
静かに、王政の手に落ちていった。
_____
そしてその日。
王政による突然の総攻撃により、
レジスタンスは仲間330名と、象徴であるボス・桃九郎を失った。
組織としての力は――事実上、壊滅。
だが。
炎はまだ、くすぶっていた。




