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【第13話】鬼との死闘

「――さあ、行きますよ。」


 上陸。


 モーモー太郎の低い声が、湿った空気を震わせた。

 その眼差しには、迷いなど一片もない。鋼のような決意だけが宿っていた。


 ホレスも静かに頷き、二人は足を踏み出す。

 暗く、重く、湿った洞窟の中へ――。


 _____


 入口からすでにただならぬ気配が漂っていたが、奥へ進むにつれ、その圧はさらに濃密になっていく。

 黒い苔が壁一面に張り付き、滴り落ちる水滴が冷たい音を立てて足元の石を打つ。

 まるで洞窟そのものが生きていて、二人の侵入を拒むかのようだった。


「う……っ、すごい……重圧……。何という……重い空気だ……!」


 ホレスが肩で息をしながら、苦しそうに呟く。

 空気が淀み、邪気が肌を刺すようにまとわりつく。

 喉の奥がひりつき、呼吸をするだけで胸が締めつけられるようだった。


「ホレスさん、気をしっかり保ってください。気を抜くと一気に意識が飛びます。」


 モーモー太郎の声は落ち着いていた。

 前回、この洞窟で恐怖に呑まれたあの時とは違う。今の彼は、この重圧の中でも確かに立っていた。


(……やれる。今度こそ――!)


 胸の奥で静かに燃える炎が、彼の足取りを支えていた。


 _____



 やがて道は広がり、二人は巨大な大広間へとたどり着く。

 天井は高く、暗闇に溶けてその果ては見えない。

 壁には古代の戦いを描いた彫刻が刻まれ、岩のひび割れには、過去の激戦の名残が刻まれていた。


「ホレスさん……ここに隠れてください。」


 モーモー太郎は頑丈な岩陰を指さした。

 ホレスは頷き、素早く身を潜める。その手には、命運を握る“きびだんご”が汗で湿るほど強く握られていた。


 ――ゴゴゴゴゴ……


 大広間全体が震えた。

 地の底から響くような低い振動が空気を震わせ、空間が一瞬にして張り詰める。


 そして、暗闇の奥から――



 “鬼”が姿を現した。



 炎のように赤い肌。

 天井に届くほどの巨体。

 鋼鉄のように隆起した筋肉。

 血の色をした眼光がギラリと光り、見る者すべてを射抜く。

 その体からは黒い煙のような邪気が噴き出し、空気をねじ曲げていた。


 ただ立っているだけで、大地が悲鳴を上げる。


「……!」(あ、あれが鬼!)


 ホレスが岩陰で思わず息を呑む。

 モーモー太郎は一歩、前に踏み出した。


「おい、鬼……!覚えているか……僕のことを!」


 声が洞窟に反響した。

 鬼はゆっくりと立ち上がる。その動きだけで、壁がミシミシと軋む。


「覚えているともォ……牛ごときが、ワシに刃向かったんだからなぁ……!」


 ドロドロと濁った声。

 次の瞬間――


「ガハハハハハハハハ!!!!」


 低く響く笑い声が洞窟全体に反響した。

 地面が震え、滴る水が細かく跳ねる。

 だが、モーモー太郎は微動だにしなかった。


「笑っていられるのも……今のうちだ。」


 蹄に力を込め、大地を踏み鳴らす。

 その姿は、まるで古の戦士のごとく。


「何度来ても同じ事じゃあ!!」

 鬼が巨大な手を振り下ろす――!



 ガァンッ!!



 瞬間、モーモー太郎の前蹴りがその腕を弾き飛ばした。

 衝撃で鬼が数歩後退し、岩の破片と砂塵が舞い上がる。


「なっ……!」


 鬼の顔に、わずかな驚きが走る。


「あの時の僕とは……違う!!」


 モーモー太郎が大地を蹴り、一気に間合いを詰めた。

 彼の体は、牛とは思えぬ速度と鋭さを帯びている。


「ぐはは……調子に乗るなぁッ!!」


 鬼の拳が再び振り下ろされる。


 ドォォン!!


 空気が裂け、轟音とともに地面が陥没した。


 だが、モーモー太郎は紙一重で回避――!


 連撃が走る。


 ドン! ドン! ドンッ!!


 前足、後ろ足、そして渾身の跳び蹴り。

 すべてが鬼の腹部を正確に撃ち抜いた。


「ぐぬぬぬぅぅぅ!!」


 鬼の巨体がぐらりと揺れる。

 確かに、攻撃は通じている――!


(やれる!今度こそ、鬼に勝てる!)



 しかし――


「フンッ!!」


 鬼の全身から、"赤黒い邪気"が噴き上がった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!


 邪気が炎のように広がり、洞窟全体を包み込む。

 熱風が吹き荒れ、岩肌が赤く焼ける。



「くっ……何だこれは!?熱い……!体が……焼ける……!!」


 ホレスは岩陰にいながらも、皮膚がひりつくほどの熱に顔を歪めた。

 モーモー太郎も踏みとどまるのが精一杯だ。蹄がじりじりと後退していく。


「舐めるなぁ!!ワシが本気を出せばァ……貴様など……虫ケラ同然よォ!!」



 鬼が咆哮する。

 邪気は生き物のようにうねり、天井と壁を黒く焦がしていく。

 まるで洞窟全体が地獄に変わっていくかのようだった。


(黒い…これは!?…熱くて近付けない……このままじゃ……!)


 モーモー太郎の呼吸が荒くなる。

 体はすでに限界に近い。近距離で浴び続けた邪気が、全身を蝕んでいた。


「ガハハ!終わりだ。」


 鬼の巨大な腕が、ゆっくりと――しかし確実に、モーモー太郎に向かって伸びる。



 その時――


「こっちだぁーーーっ!!!」


 岩陰から、ホレスの叫びが響き渡った!

 鬼の手が止まる。


「あぁ!?」


 鬼の赤い瞳が、そちらへ向く。

 その一瞬――


 ホレスは全力で、手にした“きびだんご”を投げ放った。


 団子は一直線に、鬼の口元へ――!



 しかし――



 バシィィッ!!!


 鬼の手が、まるでそれを見透かしたかのように団子を叩き落とした。


 コロ……コロ……


 “きびだんご”は、むなしく石床の上を転がっていく。


「……っ!!」


 ホレスの表情が凍りついた。

 血の気が、音もなく引いていく。



 ――作戦は、失敗した。



 ホレスの顔から、血の気がスッと引いていく。

 ――次の一手が、もうない。


(しまった……!)


 自分が鬼の注意を引きつけることで、モーモー太郎を助けるつもりだった。

 しかし、肝心の“きびだんご”は失われ、逃げる以外の手が残されていない。


「ま、まずい……」


 ホレスが後ずさる。

 鬼の赤い瞳が、ギラリと鋭く光った。獲物を見つけた猛獣の目だ。


「……ほぉ?」


 鬼が一歩踏み出す。

 ――ドォンッ!


 その足が地を踏みしめるたび、洞窟が揺れ、小石がカラカラと転がり落ちる。


 二歩目――さらに振動が増す。

 空気が震え、ホレスの喉の奥から、自然と息が漏れた。


「ひっ……!」


「貴様……ワシに何かできるとでも思ったか?」


 鬼が口元を歪め、ゆっくりと手を持ち上げる。

 その動きはまるで、虫を潰す前に弄ぶような、残酷な余裕に満ちていた。


「おいおい……人間。何がしたかったんだ? ガァーーーハハハハ!!!」


 洞窟の奥深くまで響く嘲笑。

 ホレスは必死に岩陰を探しながら、心臓の鼓動が耳に響くほど速くなっていくのを感じていた。


(くそっ……!このままじゃ……!)


 ――ズドォォォォンッ!!


 次の瞬間、鬼の拳が振り下ろされた。

 地面に激突し、轟音とともに洞窟全体が激しく揺れる。

 岩壁が崩れ、粉塵が視界を覆った。


「くっ…あぶない…!」


 ホレスは身を翻し、ギリギリのところで岩陰へと飛び込んだ。

 間一髪だった。あと一瞬遅れていれば、粉々に潰されていただろう。


(まずい……このままじゃ、ホレスさんが……!)


 モーモー太郎は息を荒げながら、必死に立っていた。

 邪気を浴びた体は限界に近く、肺が焼けるように痛む。

 それでも――膝をつくわけにはいかなかった。


 鬼はホレスにゆっくりと近づきながら、不気味な笑みを浮かべている。


「さあ……隠れても無駄だ。貴様から――死ねぇぇぇッ!!」


 巨大な拳が再び振り上げられる。


 _____


 空を裂く音が響き、空間がひしゃげたかのような圧力が洞窟を包んだ。



 ――その時。


「うぉぉぉぉおおおおおおッッ!!!!」


 洞窟の奥に、獣のような咆哮が響き渡った。

 モーモー太郎の雄叫びだった。


 その瞬間――



 バチィィィィィィィィィィィンッ!!!



 空気が弾けた。

 モーモー太郎の全身から、雷のような光が一斉に奔り出す!


「な、なんだ……光!?」


 鬼が目を見開いた。

 目に映るのは、眩い閃光に包まれたモーモー太郎の姿――。


 バチバチバチッ!!

 ズガガガガガガガッ!!!


 稲妻が洞窟中を走り、岩壁に焦げ跡が刻まれていく。

 天井の鍾乳石がバラバラと落ち、小石が雨のように降り注ぐ。


 ホレスは岩陰から顔を覗かせ、息を呑んだ。


「こ、これは……!?モーモー太郎君… 一体何が……!」


 モーモー太郎の体が、まるで雷そのものと化していた。

 筋肉が光を帯び、皮膚の下で青白い電流が脈打つように走っている。



 バチッバチッ……



 雷鳴が空間の奥で鳴り響く。

 鬼でさえ、一歩、後ずさった。


「ば、馬鹿な……牛ごときが……この力は……」


 その声には、初めて“恐れ”が滲んでいた。


 やがて、放電は少しずつ収束していく。

 ビリビリと残響が空気を震わせる中、閃光の中心から、ゆっくりと――一つの影が姿を現した。


 ホレスの瞳が、限界まで見開かれる。


「……う、嘘だろ……」


 稲妻の残光の中に立っていたのは――


 二本の足で、まっすぐに立ち上がったモーモー太郎だった。


 

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