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【第127話】決意と追送

 モーモー太郎は、マツリの語った過去を聞き終えると――

 拳に、無意識のうちに力がこもっていた。


 父を奪われた少女。

 抗えぬ暴力に晒された村。

 その惨劇は、この国のどこにでも転がっている現実だ。


(……この子の様な幼い被害者は、きっと国中にいる)


 胸の奥で怒りが燃え上がる。

 ホレス――あの王の罪は重すぎる。


 桃人の悪行。

 人間を踏みにじり、命を奪い、笑って支配する者たち。


 たしかに今は、一時の安息を得ている。

 だが、この国は未だに地獄の爪痕を抱えたままだ。

 安寧など、幻に過ぎない。


「ねぇ、モーモー太郎」


 ぽつりと、マツリが尋ねてきた。


「桃人って……結局なんなの?」


「……」


 モーモー太郎の口はすぐには開かなかった。


(あいつらは……)


 もちろん分かっている。

 ホレスに“造られ”、

 悪意を叩き込まれ、

 人間を下等と刷り込まれた存在。


 その事実は動かしようもない。


 だが。


(……それだけじゃない)


 決戦の中、たしかに手を取り合った桃人がいた。

 桃十郎。ヨサク。

 心を持ち、血を流し、人間と肩を並べた者たち。


「ごめん、マツリ……」

 ようやくモーモー太郎は口を開いた。


「僕にも……分からないんだ」


 マツリの瞳が細められる。


「多くの桃人は、人間を見下している。それは確かだ。けれど……そうじゃない奴らもいる。信じられないかもしれないけど……僕はこの目で見たんだ」


 頭をよぎる笑顔。

 共に戦った桃人の姿。

 だが、それを語れば語るほど――マツリの顔は曇っていった。


 親を理不尽に奪われ、村を襲われた。

 その種族に「いい奴もいる」と言われて、納得できるはずがない。


 胸に渦巻く憎しみと、命の恩人であるモーモー太郎への信頼。

 その二つが衝突し、彼女は口を閉ざした。


「……僕自身も、それを探しているんだ」


 モーモー太郎はうつむき、拳を握ったまま呟いた。



 沈黙。



 だが次の瞬間――


 マツリは立ち上がった。



「――もういいわ!」



 その瞳に、強い光が宿っていた。


「モーモー太郎に言ったって仕方ない! だったら自分で確かめる! 私はこの村を出る!」


「……え?」


「モーモー太郎!」

 マツリは指を突きつける。

「私を連れて行きなさい!」


「な、なにを言ってるんだ!? ダメだ!」

 モーモー太郎は慌てて首を振る。

「僕が行く先は危険すぎる! 命を落とすかもしれないんだ!」


「危険でも構わない!」

 マツリの声は震えていなかった。

「だって、あなたは私を守ってくれるんでしょ? あんなに強いんだから!」


「ダメだってば! 子どもが行く場所じゃないんだ!」


「……子ども?」

 マツリの眉がぴくりと動いた。


「あなた、いくつ?」


「……十五」


「ほら! 変わらないじゃない!!」


「そ、それは……」

 言い返せず、モーモー太郎は口ごもる。


「いい? 私はもう決めたの。世界を見るって! 危険だろうが関係ない! だから――」


「――絶対にダメだ!!」

 モーモー太郎の声が響いた。


「世界を見るのはいいことだ。でも、僕と一緒はダメだ……!」


 その強い拒絶に、マツリは口をつぐんだ。

 しばらく沈黙の後、ふいに背を向ける。


「……分かったわ」


「え……?」


「そんなに言うなら仕方ない。他を当たるわ」


 その背中は、どこか拗ねた子どものようでもあり、同時に深い決意を宿した戦士のようでもあった。


 モーモー太郎は胸を撫で下ろした。

(……よかった。この子を巻き込むわけにはいかない)


 これから向かうのは、ピーチジョンとの約束の場所。

 自分のルーツを探る危険な旅。

 何が起こるか分からない。

 だからこそ――絶対に連れて行くわけにはいかなかった。




 ――翌朝。




 傷はまだ痛んだが、十分な休息を得て、モーモー太郎は村を発つことにした。

 村人たちは口々に感謝を述べ、手厚く見送った。


「ありがとう、モーモー太郎!」

「また必ず戻ってきておくれ!」


 村の人々にとって、彼はすでに英雄だった。


(……また守らなきゃならない。こういう村を)


 マツリの過去に触れ、桃人の暴虐を目の当たりにした。

 放置すれば、同じ惨劇が繰り返される。


 自分に課せられた責務。

 光の力。

 ――宿命。


 そのすべてが、再びモーモー太郎の肩にのしかかっていた。



 __________




 村を出て二時間ほど。

 森を抜け、丘を越え、次の目的地を目指す。


「……意外と遠いな」


 疲労と痛みがじわじわと蓄積する。

 まだ体は万全ではなかった。


 青空。

 柔らかな風。

 川のせせらぎ。


 モーモー太郎は川辺に腰を下ろし、澄んだ水面を覗き込んだ。

 そこには牛の顔。

 だが瞳は少年のものだった。


「僕は……一体、何者なんだ……」

 ぽつりと、声がこぼれる。


 ――その時。


「それを見つける旅なんでしょ?」


 耳に届いた声。


「わかってるよ……って、ん?」


 振り返る。


 そこに――


 仁王立ちする少女。


「さぁ! モーモー太郎! 休憩は終わり!」


「……ま、マツリちゃん!?」


「私も行くわ!」


「ダメだって言っただろ!」


「もうここまで来ちゃったの! 一人じゃ戻れない! それに、自分の身は自分で守る! だから――いいから連れてって!」


「お、おい……」

 モーモー太郎は頭を抱えた。


(この子は……絶対に引かない……)


「はぁ……分かった。だけど絶対に無茶はするな。分かったな?」


「ふん。子ども扱いしないでくれる?」

 マツリは小さく鼻を鳴らす。

「それと、“マツリちゃん”って呼び方もやめて。私はただのマツリよ」


「わ、分かったよ……」


 こうして。


 少年と少女。

 牛の姿をした戦士と、父を奪われた少女。


 二つの影は並んで歩き出した。

 その先に待つのは――光か、闇か。


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