【第122話】揺らぐ灯火
なぜ自分は、人の言葉を話し、ミコトと同じ“光の力”を使えるのか。
その疑問は、ずっと心の奥底に棘のように刺さっていた。
誰にも聞けず、誰にも語れず――ただ黙って飲み込み続けた“自分という謎”。
「……僕は、一体、何者なんだろう」
その答えが今、目の前にある。
モーモー太郎は全身に走る痛みに耐えながら、ゆっくりと身体を起こした。
(……本当に、知ってもいいのか?)
その真実を、自分は受け止められるのか――。
知った瞬間、もう“モーモー太郎”ではいられなくなるかもしれない。
自分は、あまりに“異質”すぎる、“世界”から逸脱した存在。
その不気味さに、自分自身が怯えていた。
さらに____
モーモー太郎を取り巻く状況は、かつてないほど複雑で、重大だった。
理由は一つ。
“光の力”。
この力は、選ばれし者にしか発現しない。
そして、この160年という長い年月の間、“光”は誰の元にも現れなかった。
最初に現れたのはミコト。そして次に“選ばれた”のは、牛の姿を持つ自分だった。
そして、
この力こそが、“桃の木”を断ち切る唯一の手段なのだ。
悪意を吸い込み、果実から人を生む、忌まわしきオロチの木。
その根源を絶つには、“光”しかないのだ。
だが――
それを断ち切れば、同時に失われる命がある。
桃十郎、鬼の桃一郎、そして人工的に生み出された桃人たち――ヨサクたちの命もまた、桃の木と共に消える可能性が高い。
禁書には記されていた。
かつてミコトが放った一撃により、鬼は一時、存在を薄れさせたと。
つまり、“木を断つ”ということは、“命を断つ”ということだ。
モーモー太郎に残された選択肢は、ふたつ。
一つは――桃の木を残す選択。
それにより、桃人たちは命を保てるだろう。
だが桃の木は人々の感情は圧し殺し、世界を蝕み続ける。
平和に見える“偽りの世界”が、永遠に続く。
もう一つは――桃の木を断つ事。
光の力で、その木を絶つ。
世界は再び、あるべき自然な姿を取り戻すだろう。
けれどそれは、仲間である桃人たちの命と引き換えとなる。
その中には――桃十郎も、ヨサクもいる。
モーモー太郎に、その決断ができるのか?
思い出す…
ホレスとの戦いのさなか、――“桃の木”は、自分の目の前に現れた。
だが、切ることなど、到底できなかった。
躊躇した。心が叫んだ。
それは仲間たちの“命”を刈る行為だと――
そして今でも、自分にその覚悟は無い。
光を持つ者として、この世界を変える使命が自分にあることは分かっている。
でも、
“救うために奪う”という選択に、正義を語る資格があるのか。
――これは、簡単に答えの出せる選択ではない。
逃れられない、“選択”という名の宿命が、彼の背にのしかかる。
世界を繋ぐ、その岐路に、自分は立たされているのだ。
「僕は……どうすれば……」
心の中で、声が震える。
正義とは、何か。
命とは、何か。
そして、“自分”とは――。
迷い、恐れ、そして戸惑い。
先にあるのは闇か、希望か。
それすら分からない。
それでも…
今は、歩き出すしかない。
止まれば、何も変わらない。
何も分からない。
この世界も、自分自身も。
だから――
自分に残された道が“前”にしかないのなら、
たとえその先に何があっても、進むしかなかった。
――モーモー太郎は空き家を後にした。