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【桃太郎新解釈】モーモー太郎伝説  作者: おいし
外伝〜ヘンリー王の苦悩〜
114/128

【第114話】弱者

 思考が、嵐のように駆け巡る。


 


 ――なぜ、ホレスがここに?


 ――どこから聞かれていた?


 ――逃げるか? いや、まだ…まだ“すべて”はバレていないはず……


 


 動揺、動揺、動揺。心の声が叫ぶ。


 隠せ。抑えろ。悟られるな――!


 


「ホ、ホレス……こ、こんなところで何を……?」


 平静を装い、絞り出すような声。


 だが――


 


「ヘンリー。もう隠さなくていい。すべて知っている。……今さら取り繕う意味などない。なぁ、反逆者ども」


 


 その言葉に、全員の背筋が凍った。


 最悪のシナリオが、現実になったのだ。


 


「ヘンリー。……お前は喋りすぎた。禁書の内容まで暴露するとはな。国家反逆罪も甚だしい」


 


「お、お前が言うな……!」


 


「さて。茶番はここまでにしよう。君たちには、“罰”を与えねばならない」


 


「いつから……どこまで知っていた……?」


 


「最初からだよ。お前たちレジスタンスも、王の変化も、すべて計算の内だった。なぜ黙っていたかって?ふふ……その方が面白いだろう?じゃないと全てが上手くいきすぎてしまう!」


 


「……桃の木の複製の事か……」


 


「おぉ、さすが。そこまで調べ上げていたとは」


 


「人を作るなんて……お前は禁忌に触れたんだ!」


 


「ははは!禁忌?ふん、亡霊が倫理を語るな」


 


「もう、私は屈しない。お前の下では生きない。お前の“桃の木の計画”も、“鬼の計画”も……止めてやる!」



「ん? ちょっと待ってくれ。それは――違う。心外だ。鬼を復活させただなんて、そんな面倒なこと、私がやるはずないだろう?」


ホレスは愉快そうに喉を鳴らした。


 


「ふざけるな……! 他に誰がそんな真似をするっていうんだ!」




「ふふ……だから、私も探している最中なのさ。どうやら我々以外にも、“何か”を動かしている者がいるらしい」


 


 その口元には、底知れぬ不気味な笑みが浮かんでいた。


 


「いやはや……世界は意外と騒がしいな。まったく――実に、面白くなってきたじゃないか」


 ホレスが口元を歪め、愉悦を滲ませながら王の間を見渡す。


「鬼を……復活させてない? ……じゃあ、一体誰が……」


 アンが震える声で呟く。その疑問にホレスは答えず、ただ低く笑った。


「まあ……今はそれで構わん。私自身も調査中でね。まさか“私以外”にも動いている者がいるとは――誤算だが、悪くない。混乱の種は多いほど、面白いからな」




 そして、ホレスの視線がゆっくりとヘンリーに向けられる。




「それにしても、ヘンリー……少し見ないうちに、随分と“成長”したじゃないか」


 かつて恐怖に縛られ、声すら出せなかった“亡霊王”。


 その男が今、真っ直ぐにホレスを見据えている―その変化を、ホレスは見逃していなかった。



「私はもう……お前の操り人形じゃない!」


 ヘンリーの声は震えていたが、確かな意志が宿っていた。


 


「ほう……?」

 ホレスは片眉を上げた。


「どうやら、少し目を離しすぎたようだな……。ならば、もう一度“しつけ”直してやろうか。私の大切な人形としてな」


 


 その時だった。沈黙を守っていたアンが、鋭く一歩踏み出した。


 


「ホレス!もうやめなさい!」


 その言葉は、王の間の空気を切り裂いた。


「ヘンリーは、もうあなたの命令に従ったりはしない!あなたの独裁も、こんな歪んだ支配も、もう終わりにすべきよ!」


 


 その瞬間、ホレスの顔から笑みが消えた。


 瞳がギラリと光り、まるで凶獣のようにアンを睨みつける。


 


「あぁ…??」


 低く唸るような声。


「……貴様、下等な貴族の分際で……この私に口をきいたな?」


 


 だがアンは、一歩も引かなかった。


 


「ええ、そうよ。あなたに言っているの。民は飢え、苦しみ、絶望している。あなたのその身勝手な思想のせいで、この国は壊れかけているのよ!」


「――黙れ」


 ホレスの声が一変した。冷たく、鋭く、容赦がなかった。


「次に口を開けば、殺す」


 


 瞬間、空気が凍りついた。


 ホレスの全身から放たれる殺気が、部屋全体を圧倒する。


 


 ヘンリーはとっさにアンの前に立ち、腕を広げてかばった。


「アン、もういい……下がってくれ」


 


 そして、ヘンリーは真っ直ぐホレスを見据えた。


「ホレス……なぜこんなことをする。複製――その先に何を見ている?」


 


 ホレスは口元をゆがめ、愉悦を滲ませるように言った。


 


「クク……いいだろう。ご褒美に教えてやるよ、反逆者どもにも分かるようにな」


 一拍置いて、静かに――だが重く。


 


「私はな、この国を“浄化”したいのだ」


 


「……浄化?」


 ヘンリーとアンは同時に言葉を漏らした。


 


 ホレスはうっとりと目を細めながら、まるで神の啓示でも語るかのように続けた。


「この国は、歪んでいる。無能が王となり、凡庸な者が頂点に立つ……血筋や肩書きだけで上に立つような、この不平等な世界を――私は、リセットする」



 ホレスは口角を持ち上げ、まるで舞台の幕を上げるように続けた。




「例えばヘンリー。お前はなぜ“王”なのだ?」


「……なぜ? 私は……父が王だったから……」


 


「そう。それがすべてだ」


 ホレスは鼻で笑った。


 


「お前は、何もしていない。何一つ、勝ち取っていない。ただ血筋という偶然にすがり、王冠を手にした。――それが“人類のあるべき姿”だと、本気で思っているのか?」


 


 ヘンリーは言葉を詰まらせた。だが、ホレスは止まらない。


 


「力なき者が、偶然の運で頂点に立つ。無能が支配者の椅子に座る。それを支えるのは、理不尽な制度と惰性の伝統――そんな世界が“正しい”などと、誰が決めた?」


 


「……それが、民を苦しめることと……何の関係がある!」


 


 ホレスはゆっくりと手を広げ、まるで預言者のように言った。


 


「振り出しに戻すのさ。世界を、真にふさわしい形へと……」


 


「振り出し……?」


 


「そうだ。上に立つ資格、それは遥か昔から一つしかなかった。“力”だよ」


 ホレスの目に、狂気が宿る。


 


「屈服させる力。支配する力。抗いを砕き、声を黙らせる――そういう“本物の力”だけが、真に世界を導くのだ」


 


「くだらない…力で支配する世界なんて。……“人”には、上も下もない!」


 


「ははっ、それが理想論ってやつだ。甘い夢だ。現実を見ろ、ヘンリー。世界は上下で構成されている。勝者と敗者。支配者と被支配者。力のある者が支配し、ない者が従う。それだけのことだ」


 


「違う……上下じゃない。人には、それぞれ“役割”があるんだ!」


 


「ほう、役割、か。随分と耳障りのいい言葉だな。そういう綺麗事ですぐに現実をすり替える!だからこの世界は腐ったんだ」


 


「…人々の功績を、努力を、否定する気か」


 


「今度は功績だと? フッ、滑稽だな。

 弱者は、“努力”や“権利”を免罪符にして、強者と同じ土俵に立てると錯覚する。

 そうして、自らの無力を正当化しているだけだ。

 私はな、それを否定する。強き者が栄え、弱き者は淘汰される――それが“自然の摂理”だ。

 私が創るのは、力ある者が支配する、理にかなった世界だ。」


 


「そんなの間違っている…」


 

 ホレスはゆっくりと一歩踏み出し、冷たい声で問いかける。



「では問おうかヘンリー。王であり、頂点に君臨するはずのお前が、なぜ“弱者”なのか。……もしお前が強者だったなら、この国がこんな有様になるはずがない。違うか?」


 


 ヘンリーの胸に突き刺さるその言葉。


「……!」


 


「ははっ、図星か? お前は長年、民を苦しめてきた。それも、無力で、恐れに縛られた“弱さ”ゆえだ……」


 

 ホレスの目に、狂気じみた光が宿る。


「……お前の父も同じだ。“王”でありながら、私という“特別な存在”を面白半分で引き入れ、気まぐれで弄び、最後は都合よく見限った。弱者の分際で、強者を裁こうとした――そんな矛盾、許せるはずがないだろう?」


 


 その声が低く、鋭く響く。


「だから――あいつは、殺されたのさ。弱いから」


 


 ホレスの声が静かになった。


 


「――これが、この国の“正体”だ。私の計画は、そんな世界への報復だ。そして、始まりでもある。真の秩序を築く、新たな創世の……な」


 


 ヘンリーは拳を強く握りしめた。

 ホレスの言葉は容赦なく、過去の記憶を抉る。


 だが――


 


「……確かに、私は……民に何もできなかった。苦しめてしまった。それは……私が弱かったからだ」


 一瞬、ヘンリーの声は震えた。だがすぐに、言葉に力を宿す。


「――だが、私は変わった!」


 


「変わった? どこがだ?」

 ホレスは冷笑を浮かべ、吐き捨てるように言った。

「心を入れ替えたつもりで、強くなった“気”になっているだけだろう? そんな自己満足で、背負った罪が消えるとでも?」


 


「――違う」

 ヘンリーは真っ直ぐに顔を上げ、力のこもった声で応えた。

「罪は……消えない。だからこそ、私は背負う。逃げずに、向き合う。生涯をかけて償うんだ。あの日、目を背けていた自分に、けじめをつけるために」


 ヘンリーはまっすぐにホレスを見据えた。


「それを、教えてくれたんだ。アンが……私に、生き方を変える“勇気”をくれた」


 


 その言葉に、微かに空気が揺れた。


 


 だが――ホレスは鼻で笑う。


 


「ふん……くだらん感傷だな。――まぁいい。御託はこの辺にしておこう」


 ホレスが静かに手を振ると、ギィ……と重々しい音を立てて、王の間の扉が開いた。



「私の“計画”を、少しだけご覧に入れようか」



 そこから一人の人影が、ゆっくりと歩いてくる。


 その姿を見た瞬間、ヘンリーたちは思わず目を細めた。



 若い――いや、あまりにも幼い。年の頃は十五かそこらだろうか。あどけなさすら残る顔立ち。まるで街角にいる、名もなき少年のように見える。


 だが、明らかに異質だった。



 腰には、鋭い光を帯びた剣。

 そしてその瞳は、感情の欠片も宿さぬまま、ただ命令を待つ機械のように虚ろだった。



「ホレス様。お呼びでしょうか」



 少年はその場で跪いた。

 まるで、神に仕える聖職者のように――いや、操られた兵器のように。


 


「紹介しよう。こいつの名はネクター。私が“人工桃の木”から生み出した――最初の“桃人”だ」


 


「桃人……!? まさか……本当に人を“創った”というのか……」


 アンの声が、震える。


 


「そうだとも。こいつは私の計画の第一歩。理想の世界の礎。力ある者だけが価値を持つ新世界を築く、“選ばれし存在”だ」


 


「……神にでもなったつもりか……」


 ヘンリーが低く呟く。


 


「神? はは……それも悪くないな。だが、私が創ろうとしているのは、神の遊び場ではない。真の秩序――その象徴が、このネクターだ」


 


「……っ、止めなければ……!」


 ヘンリーが拳を握る。


 


「しゃべりすぎたな。そろそろ時間だ――貴様ら、ここで死ね」


 ホレスの声色は冷酷だった。感情の起伏は一切ない。ただ“処理”するように、それを宣言した。


 


 刹那――


 


 「ヘンリー様、アン様。ご準備を」


 ジョージが、静かに剣に手をかけた。


 空気が、一気に張り詰める。


 


「ネクター。こいつらを殺せ。ただし――ヘンリーだけは生かしておけ。まだ“使い道”がある」


 


「了解しました、ホレス様」


 


 少年が、静かに剣を抜いた。


 刃が空気を裂く音が、耳の奥を刺す。


 


「ふん……この子供が相手か? 私をなめすぎていないか?」


 ジョージが一歩前に出て、冷ややかに言い放つ。


 


 だが、ホレスは口元を吊り上げ、不敵に笑った。


 


「さぁ――ネクター。これが“初陣”だ。心ゆくまで……見せてやれ」


 


 その瞬間、少年の瞳に、一瞬だけ――冷たい“殺意”が宿った。

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