表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モーモー太郎伝説  作者: おいし
外伝〜ヘンリー王の苦悩〜
113/122

【第113話】禁書の果て、そして闇の微笑

「アン!!」


 王の間の扉を勢いよく開け、ヘンリーは駆け込んだ。


 振り返るアンの顔に驚きが走る。


「どうしました?そんなに……汗だくで」


 彼女はすでにそこにいた。まるで、ヘンリーの来訪を予感していたかのように。


 


「聞いてくれ……ホレスの計画が、ようやく見えてきたかもしれない!」


「えっ……本当ですか……!?」


 アンが身を乗り出す。だがその前に、とヘンリーは深く息を吸い、目を伏せた。


 


「でも、その前に……君に謝らなければいけないことがある」


「……?」


「私は――君に、まだ伝えていなかったことがあるんだ。この国に、代々の王にのみ伝えられる“禁書”の存在を」


「禁書……?」


「そうだ。王以外は知ってはならないとされている、国の“核心”が記された書だ。そこには、桃の木の起源、鬼、そして……この国が隠してきた“悪意”の真実が記されている」


 アンの目が見開かれた。


「そんなものが……」


「最初は、君の身を案じて言えなかった。だが、ホレスの計画にこの内容が絡んでいる可能性がある以上、もう黙っていられないと思った……本当に、すまない」


「……いえ、ありがとうございます。私のことを思ってのことだったのですよね。そういうところ……本当に、貴方らしい」


 優しく微笑むアンの姿に、ヘンリーの胸が締め付けられる。


「くっ……もっと早くに打ち明けていれば……それで、内容なんだが――」


 


 その時だった。


 


 王の間の扉が、乱暴に開かれた。


「失礼します!!」


 重い足音と共に駆け込んできたのは、騎士団団長・ジョージだった。


 


「どうしました、ジョージ?」


 アンが声をかける。


 ジョージは肩で息をしながら、重々しく口を開いた。


 


「……ヘンリー様、アン様。落ち着いて聞いてください」


 


 不穏な気配が、王の間に流れ込む。


 



「鬼が……本当に“復活”しました」


 



「な……何だって!?」


 ヘンリーが目を見開く。


「それは……本当に間違いないのか!?」


「はい……今回は確かに“本物”です。港町にて、多数の目撃情報がありました……鬼の特徴も、かつてのものと一致します」


「嘘だろ……!なぜこのタイミングで……!」


 


「ですが…ご安心を…すでに脅威は一時的に退けられています」


「どういう意味だ?」


 ヘンリーが眉をひそめる。


 


「……我が同志・ジロウが、鬼を無人島へと封じ込めました。島は外界から完全に隔絶されており、鬼が自力で脱出することは不可能と思われます」


「そ、そんなことが……!」


 


 だが――


 


「……ただし、その際……ジロウは命を落としました」


 その言葉に、場の空気が一瞬で凍りつく。


 


「激闘の末、自らの命と引き換えに、鬼を葬ったのです」


 


「……うそ……ジロウが……?」


 アンの手が、無意識に口元を覆った。


 


「ジロウ……?」


 ヘンリーが聞き返す。


「彼は……私が桃九郎を仲間に引き入れるために、使者として送った者です。あんなに……まっすぐな男が……」


「彼は、命を賭してこの国を守ってくれました。まさに英雄です」


 


 沈黙。


 だが、アンは涙を堪えながら立ち上がった。


 


「……ジロウの死を、決して無駄にはしません」


 


 その声には、揺るぎない力が宿っていた。


「今、レジスタンスは副長を失い、動揺しています。私たちが先導しなくては、この戦いは崩れてしまう」


「アン……」


「立ち止まってはいけない。泣いている暇なんてありません。ジロウが最後に守った未来を――私たちがつなぐのです!」


 


 その言葉に、ヘンリーの胸が熱くなった。


 


「あぁ……必ず、無念を晴らそう」


「……ええ、必ず」


 


 だが、ふと浮かんだ疑念が、ヘンリーの声を曇らせた。


 


「それにしても……なぜ今になって鬼が復活する? 作戦決行を目前に控えたこのタイミングで……」


 


「誰かの“思惑”かもしれません」


 ジョージが低く呟く。


 


「――ホレス、か」


 ヘンリーの拳が、ギリッと鳴った。


「間違いない……あいつが仕掛けた罠だ……!」



怒りと焦燥が入り混じる中、アンが鋭く声を発した。

 


「鬼の出現、ジロウの死、そして揺らぐ民心……クーデター決行の日まで、もう猶予はありません」


 アンは拳を握りしめ、真剣な眼差しでヘンリーを見つめた。


「混乱の渦に飲まれる前に、私たちが動かなくては――作戦を立てましょう。……ヘンリー、さっきの続きを聞かせて」


 アンの言葉に、ヘンリーは頷く。



「……ああ。だが、これはあまりにも衝撃的な内容だ。心して聞いてほしい」


 


 そして、ヘンリーは禁書に記されたすべてを語った。


 


・桃の木とは、オロチという人間の成れの果てであること

・木は悪意を吸い込み、肥大化し、その果実から人が生まれるということ

・桃の木が悪意を吸収することで、民の感情は意図的に“安定”させられているという事

・桃から生まれた者たちは、根本的に“悪意”を宿している可能性があること

・初代救世主は桃から生まれていない、つまり悪意から生まれた者を隠す“嘘”であったこと

・そして、その木を切ることができるのは、“光の力”を持つ者だけであるということ


 


 さらに、ヘンリーの調査を通じて浮かび上がった事実――


 ホレスは王宮敷地内に人工的な“桃の木”を大量に栽培していた。


 その目的は明らかではない。しかし、大量の食料と武器を備え、秘密裏に動くその姿は、何かを“育てている”としか思えなかった。


 


 禁書とホレスの行動。


 すべてがつながった時、部屋に重苦しい沈黙が落ちた。


 


「そ、そんなことって……」


 アンが、声を震わせながら呟いた。


「……だから、あの男は税を使って悪意を生ませていたんですね……意図的に人々を苦しめて……」


 


「この世界の“感情”そのものが、操られている。悪意を肥やしとして、ホレスは何かを――いや、“誰か”を生もうとしている」


 


 静寂。


 


 その中で、アンがそっと口を開いた。


 


「……それならば」


 


 静かに、しかし決然と。


 


「私には、もう一つの使命が増えました」


 


「使命……?」


 


「“光の力”を持つ者を探し出し、その手で――“桃の木”を斬ることです」


 


「桃の木を……?」


 


「ええ。この世界を、あるべき姿に戻すために」


 


「……あるべき、姿……?」


 


「オロチの木……あの存在を知っているのは、私たちとホレスだけ。歴代の王たちは、その木の存在を“利用”してきた。民の悪意を吸収してくれる木――確かに、政治はやりやすい。けれど、それは“幻想”です。私は、目を背けたままの世界にはしたくない」


 


 言葉の一つひとつが、まっすぐに心へ届く。


 


「……ミコトが出来なかった後悔を果たそうと……」


 


 ヘンリーの問いに、アンはゆっくりと頷いた。


 


 だが――


「でも……」


 ヘンリーが口を開きかけたその時、アンの瞳にかすかな迷いが走る。


「……そこに、迷いが?」


 


「……それって……本当に正しいことなのでしょうか。すみません、自分で言っておきながら……」


 視線を落とし、アンは静かに続ける。



「桃九郎のように、悪に染まらず生きる者もいます。……それを、“生まれながらの罪”として否定していいのか、私は……答えが出せません」


 


 沈黙。重く、答えのない問い。


 


「……アン、君は優しすぎる」


 ヘンリーが呟いた。


「ホレスのような存在と共存なんて……私には考えられない。奴は確かに“悪意”そのものだ」


 


「私だって、ホレスを許すつもりはありません。ただ……“すべてを排除すること”が正義なのかと、自問してしまうのです」


 


 彼女のまなざしは、遠く何かを見つめていた。


 


「それでも、まずは国を守ること。そして、“光の力”を持つ者を探し出すこと。それが今、私たちにできる唯一の道です」


 


「……ああ。そうだな」


 


 二人の目が静かに合った。


 心の奥では答えが見つからなくても、やるべきことは――はっきりと見えていた。


 


 未来の正義を選ぶのは、まだ先。


 今はただ、戦うしかなかった。





 その時――


 


「……その話、ぜひ私も混ぜてくれないか?」


 


 静寂を裂くように、低く響いた声。


 


 全員の動きが一瞬で止まった。


 空気が凍りつく。


 その声を、誰よりもよく知っていた。


 


 「……!?」


 


 ヘンリーの顔から血の気が引いた。


 脳裏に最悪の光景が閃く。


 ――まさか、聞かれていたのか。


 


 ゆっくりと、振り返る。


 まるで夢の続きを恐れるかのように。


 


 そこにいたのは――


 薄く笑みを浮かべた男。


 鋭い瞳と、異様なまでに落ち着いた足取り。


 漆黒の衣を揺らしながら、その存在は、まるで空気そのものを支配していた。


 


 「……ホレス……」


 


 アンの声が震える。


 ジョージは即座に手を剣にかけたが、冷や汗が頬を伝う。


 


 ホレスは、ゆっくりと歩み寄りながら、口角をつり上げた。


 


 ――まさに、地獄の門が開いた瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ