【第109話】告白
衝撃の告白に、ヘンリーの思考は一瞬で凍りついた。
「……正体って、まさか……」
声は震え、喉が詰まるように言葉が続かない。だが、それを悟らせまいと、必死に平静を装う。
しかし――
「ホレスは、“桃から生まれた者”なのでしょう?」
あまりに唐突で、あまりに核心を突いた一言だった。
「なっ……!?」
驚愕、焦燥、否定……抑えきれぬ感情が、一気に胸を突き上げた。
「ヘンリー。無駄よ。もう隠せない。私は数年前――その答えに辿り着いていました」
「……嘘だろ……?」
冷や汗が背筋を伝う。心臓の鼓動が耳に響くほど早まっていた。
「ええ。本当です。あの者が何らかの“異質な力”で、あなたを縛っていること。
表では王の名を借り、裏ではすべての糸を引いていること。
“鬼の復活”などという嘘で、民を欺いてきたことも……全部、調べました」
「そんな……っ!」
思わずヘンリーは椅子から立ち上がる。血の気が引き、足がわずかに震えていた。
「まずい……君がそんなことを知っていると、ホレスの耳に入ったら……君は……殺される……っ」
声が、掠れた。恐怖に、まともに呼吸すらできない。
だが――アンの表情は、静かだった。
「私は……あの日から、頭から離れなかったのです。桃の木、桃の集い……あまりに奇妙で、そして、恐ろしくて……」
「ダメだ、アン……もう、やめてくれ……それは触れてはいけないものなんだ。関わってはいけない……これはこの国に課せられた“禁忌”だ」
「ええ、分かっています」
アンは静かに頷いた。けれどその目に、恐れはなかった。
ヘンリーは恐怖に飲まれながら、ふと口を滑らせた。
「……それじゃ……まさか、君は……“禁書”のことも……?」
「禁書……?」
その言葉に、アンの目が小さく揺れた。
その反応に、ヘンリーはハッとする。
――まだだ。そこまでは知られていない。
国民の悪意を吸い上げる桃の木。
そして、ホレスがその木から“生まれてきた”存在であること。
それを知られてしまえば、今度こそアンの命はない。
ヘンリーは視線を伏せ、そっと言葉を濁した。
「……いや、何でもない」
咄嗟に表情を隠した。
そう言った彼の声は、誰よりも不安に揺れていた。
「ヘンリー。この話をあなたにしたのには――理由があります」
アンは静かに、けれど確かな意志を宿した声で告げた。
「理由……?」
ヘンリーは戸惑いを隠せず、思わず聞き返す。
だが、その後に続いた言葉は、想像すらしなかったものだった。
「最近のあなたは変わり始めている。
心を閉ざしていたあの頃とは違う。
私は、今のあなたに――王としての“光”のようなものを感じるんです。
……失礼を承知で言います。偉そうに聞こえたなら謝ります。
でも、だからこそ。
そんなあなたにしか、託せない未来があるのです」
「未来……ってまさか……アン、君は……変なこと、考えてるわけじゃ……」
けれどアンは、頷いた。
そして次の瞬間――
「私はこの国を、“あの男”から取り戻します。
王政を、ひっくり返す。反乱を起こすつもりです」
ヘンリーの瞳が大きく揺れた。
「……何を言ってるんだ!? 無茶だ……無理に決まってる!
あの男が、何者か分かってるはずだろう! ホレスは……人間じゃない!
“怪物”なんだぞ!」
「ヘンリー――」
「……あいつはもう、国の実権を完全に握っている。軍も操れる。王政軍を敵に回すことになるんだぞ! そんなの……勝てるわけがない……!」
必死だった。
言葉の一つひとつが、自分を納得させるための悲鳴のようだった。
「運命は、変えられない。……変えられるわけがないんだ……!」
だが、アンは俯くことなく、じっと彼を見つめていた。
「ヘンリー……このままで、いいのですか?」
「えっ……?」
「このまま、“自分”を殺し続けるのですか。
民の苦しみに目を背け、大切な人たちが朽ちてゆくのをただ見ているだけで――本当に、いいのですか?」
「やめてくれ……やめてくれ、アン……!」
ヘンリーの声が、震えた。
「私は……ホレスには……逆らえない……!」
その告白は、まるで長年押し込めていた恐怖が堰を切ったかのようだった。
「ホレスが、怖いのですね」
「……そうだ。いや……少し前までは、確かにそうだった」
言葉が少しだけ、変わった。
「でも、今は――違う」
ヘンリーの目が、アンを捉えた。
「今は……“君”を失うことが、何より怖い」
アンの瞳が揺れる。
「私は……“亡霊の王”でも、“最悪の王”でもいい。
君がいてくれれば、それでいい…」
「私も……その気持ちは同じです」
アンはそっと微笑んだ。だがその瞳の奥には、決して揺らがない決意が宿っていた。
「でも、私たちが守りたい“誰か”は、他にもいる。
今この瞬間にも、愛する人を奪われ、苦しみに沈んでいる民たちがいるんです。
その人たちも、あなたと同じ想いをしている」
「……そんなの……分かってる……分かってるけど……どうすればいい……?」
「方法は――たった一つ」
アンは一歩、彼の前に進み出た。
その瞳は迷いなく、まっすぐに彼の心を射抜いた。
「“勝てばいい”のです」
その声は静かだった。
「だからそれは――」
ヘンリーが言いかけた、その時だった。
ギィィィ……
重厚な扉が静かに開かれた。
沈黙を切り裂くような金属音とともに、ゆっくりと足音が近づいてくる。
「失礼いたします」
低く、よく通る声。だが、その語調には礼儀の裏に確かな威圧が潜んでいた。
その男が一歩、また一歩と王の間に踏み入ってくるたびに、空気が緊張で引き締まっていく。
まるで獣のような巨躯。身の丈は2メートルを超えていた。
太く張った胸板、岩のような腕。鎧を纏っていなくとも、全身が武器のようだった。
幾筋もの傷跡が浮かび上がる褐色の肌。その顔には重々しい口髭、そして鋭く光る双眸。
そのただならぬ存在感に、ヘンリーは思わず息を呑む。
「……誰だ」
男は止まり、片膝をついた。
その動きには野生のような静けさと、訓練された者にしか持ち得ない礼節があった。
「アン様。お呼びにより、参上いたしました」
「紹介します」
アンが一歩前に出て口を開く。
その声音には、いつになく誇らしげな響きがあった。
「この者は、ローズブレイド家直属の騎士団長、ジョージ。
私の最も信頼する者です」
「騎士……だと……」
ヘンリーは目を見開いた。
その“騎士”という響きには、王政軍にはない、別種の気配があった。
アンは静かに続けた。
「王政軍とは別に存在する、貴族直属の騎士団。
それが“騎士団”です。数は限られていますが、選ばれし者のみで構成された、精鋭部隊」
「つまり――?」
アンの瞳が、真っ直ぐにヘンリーを射抜いた。
「私たちは、ローズブレイド家でありながら……この国に抗う、“レジスタンス”の一員でもあります」
雷が落ちたような衝撃が、ヘンリーの全身を駆け抜けた。
アンは微笑を崩さず、ただまっすぐに言った。
「この国を、ホレスの手から取り戻すため。
私たちは、ずっと動いていました」
その言葉に――ようやくすべてが繋がった。
アンの確信。恐れぬ姿勢。あの告白の重み。
そして、この男の登場。
目の前に立つ者たちは、ただの貴族などではなかった。
闇に抗う者たち。
“反逆”の旗を、胸の奥に掲げる者たちだった――。




