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【桃太郎新解釈】モーモー太郎伝説  作者: おいし
外伝〜ヘンリー王の苦悩〜
109/128

【第109話】告白

 衝撃の告白に、ヘンリーの思考は一瞬で凍りついた。


「……正体って、まさか……」


 声は震え、喉が詰まるように言葉が続かない。だが、それを悟らせまいと、必死に平静を装う。


 しかし――


「ホレスは、“桃から生まれた者”なのでしょう?」


 あまりに唐突で、あまりに核心を突いた一言だった。


「なっ……!?」


 驚愕、焦燥、否定……抑えきれぬ感情が、一気に胸を突き上げた。


 


「ヘンリー。無駄よ。もう隠せない。私は数年前――その答えに辿り着いていました」


「……嘘だろ……?」


 冷や汗が背筋を伝う。心臓の鼓動が耳に響くほど早まっていた。


 


「ええ。本当です。あの者が何らかの“異質な力”で、あなたを縛っていること。

 表では王の名を借り、裏ではすべての糸を引いていること。

 “鬼の復活”などという嘘で、民を欺いてきたことも……全部、調べました」


 


「そんな……っ!」


 思わずヘンリーは椅子から立ち上がる。血の気が引き、足がわずかに震えていた。


「まずい……君がそんなことを知っていると、ホレスの耳に入ったら……君は……殺される……っ」


 声が、掠れた。恐怖に、まともに呼吸すらできない。


 


 だが――アンの表情は、静かだった。


「私は……あの日から、頭から離れなかったのです。桃の木、桃の集い……あまりに奇妙で、そして、恐ろしくて……」


「ダメだ、アン……もう、やめてくれ……それは触れてはいけないものなんだ。関わってはいけない……これはこの国に課せられた“禁忌”だ」


 


「ええ、分かっています」


 アンは静かに頷いた。けれどその目に、恐れはなかった。


 


 ヘンリーは恐怖に飲まれながら、ふと口を滑らせた。


「……それじゃ……まさか、君は……“禁書”のことも……?」


 


「禁書……?」


 その言葉に、アンの目が小さく揺れた。


 その反応に、ヘンリーはハッとする。


 ――まだだ。そこまでは知られていない。


 国民の悪意を吸い上げる桃の木。

 そして、ホレスがその木から“生まれてきた”存在であること。


 それを知られてしまえば、今度こそアンの命はない。


 


 ヘンリーは視線を伏せ、そっと言葉を濁した。


「……いや、何でもない」


 咄嗟に表情を隠した。

 そう言った彼の声は、誰よりも不安に揺れていた。



「ヘンリー。この話をあなたにしたのには――理由があります」


 アンは静かに、けれど確かな意志を宿した声で告げた。


「理由……?」


 ヘンリーは戸惑いを隠せず、思わず聞き返す。

 だが、その後に続いた言葉は、想像すらしなかったものだった。


 


「最近のあなたは変わり始めている。

 心を閉ざしていたあの頃とは違う。

 私は、今のあなたに――王としての“光”のようなものを感じるんです。

 ……失礼を承知で言います。偉そうに聞こえたなら謝ります。

 でも、だからこそ。

 そんなあなたにしか、託せない未来があるのです」


 


「未来……ってまさか……アン、君は……変なこと、考えてるわけじゃ……」


 


 けれどアンは、頷いた。

 そして次の瞬間――


 


「私はこの国を、“あの男”から取り戻します。

 王政を、ひっくり返す。反乱を起こすつもりです」


 


 ヘンリーの瞳が大きく揺れた。


「……何を言ってるんだ!? 無茶だ……無理に決まってる!

 あの男が、何者か分かってるはずだろう! ホレスは……人間じゃない! 

 “怪物”なんだぞ!」


 


「ヘンリー――」


 


「……あいつはもう、国の実権を完全に握っている。軍も操れる。王政軍を敵に回すことになるんだぞ! そんなの……勝てるわけがない……!」


 


 必死だった。

 言葉の一つひとつが、自分を納得させるための悲鳴のようだった。


 


「運命は、変えられない。……変えられるわけがないんだ……!」


 


 だが、アンは俯くことなく、じっと彼を見つめていた。


「ヘンリー……このままで、いいのですか?」


 


「えっ……?」


 


「このまま、“自分”を殺し続けるのですか。

 民の苦しみに目を背け、大切な人たちが朽ちてゆくのをただ見ているだけで――本当に、いいのですか?」


 


「やめてくれ……やめてくれ、アン……!」


 


 ヘンリーの声が、震えた。


「私は……ホレスには……逆らえない……!」


 


 その告白は、まるで長年押し込めていた恐怖が堰を切ったかのようだった。


 


「ホレスが、怖いのですね」


 


「……そうだ。いや……少し前までは、確かにそうだった」


 


 言葉が少しだけ、変わった。


 


「でも、今は――違う」


 


 ヘンリーの目が、アンを捉えた。


 


「今は……“君”を失うことが、何より怖い」


 


 アンの瞳が揺れる。


 


「私は……“亡霊の王”でも、“最悪の王”でもいい。

 君がいてくれれば、それでいい…」


 


「私も……その気持ちは同じです」


 アンはそっと微笑んだ。だがその瞳の奥には、決して揺らがない決意が宿っていた。


 


「でも、私たちが守りたい“誰か”は、他にもいる。

 今この瞬間にも、愛する人を奪われ、苦しみに沈んでいる民たちがいるんです。

 その人たちも、あなたと同じ想いをしている」


 


「……そんなの……分かってる……分かってるけど……どうすればいい……?」


 


「方法は――たった一つ」


 


 アンは一歩、彼の前に進み出た。


 その瞳は迷いなく、まっすぐに彼の心を射抜いた。


 


「“勝てばいい”のです」


 


 その声は静かだった。



「だからそれは――」


 ヘンリーが言いかけた、その時だった。


 


 ギィィィ……


 重厚な扉が静かに開かれた。

 沈黙を切り裂くような金属音とともに、ゆっくりと足音が近づいてくる。


 


「失礼いたします」


 低く、よく通る声。だが、その語調には礼儀の裏に確かな威圧が潜んでいた。


 


 その男が一歩、また一歩と王の間に踏み入ってくるたびに、空気が緊張で引き締まっていく。


 


 まるで獣のような巨躯。身の丈は2メートルを超えていた。

 太く張った胸板、岩のような腕。鎧を纏っていなくとも、全身が武器のようだった。

 幾筋もの傷跡が浮かび上がる褐色の肌。その顔には重々しい口髭、そして鋭く光る双眸。


 


 そのただならぬ存在感に、ヘンリーは思わず息を呑む。


 


「……誰だ」


 


 男は止まり、片膝をついた。

 その動きには野生のような静けさと、訓練された者にしか持ち得ない礼節があった。


 


「アン様。お呼びにより、参上いたしました」


 


「紹介します」

 アンが一歩前に出て口を開く。

 その声音には、いつになく誇らしげな響きがあった。


 


「この者は、ローズブレイド家直属の騎士団長、ジョージ。

 私の最も信頼する者です」


 


「騎士……だと……」


 


 ヘンリーは目を見開いた。

 その“騎士”という響きには、王政軍にはない、別種の気配があった。


 


 アンは静かに続けた。


 


「王政軍とは別に存在する、貴族直属の騎士団。

 それが“騎士団”です。数は限られていますが、選ばれし者のみで構成された、精鋭部隊」


 


「つまり――?」


 


 アンの瞳が、真っ直ぐにヘンリーを射抜いた。


 


「私たちは、ローズブレイド家でありながら……この国に抗う、“レジスタンス”の一員でもあります」


 


 雷が落ちたような衝撃が、ヘンリーの全身を駆け抜けた。




 アンは微笑を崩さず、ただまっすぐに言った。


 


「この国を、ホレスの手から取り戻すため。

 私たちは、ずっと動いていました」


 


 その言葉に――ようやくすべてが繋がった。


 アンの確信。恐れぬ姿勢。あの告白の重み。

 そして、この男の登場。


 


 目の前に立つ者たちは、ただの貴族などではなかった。


 闇に抗う者たち。

 “反逆”の旗を、胸の奥に掲げる者たちだった――。



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