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モーモー太郎伝説  作者: おいし
第三章
104/122

【第104話】贖罪〜禁書編〜


 式典の喧騒が嘘のように、夜の王宮は静けさに包まれていた。

 星空が穏やかに広がり、ひんやりとした夜風がバルコニーのカーテンを揺らす。


 そこには、オウエンとミコト――そして、ミコトの腕の中で穏やかに眠る小さな赤ん坊、桃二郎の姿があった。


 


「……ミコト君。どうして、あんな嘘をついたんだ」


 オウエンが、夜空を見上げながら静かに問いかけた。


 


 ミコトは、少しだけ視線を落とし、穏やかに微笑んだ。


「――償いです」


 


「償い……?」


 


「はい。僕は、果たせませんでした。

 桃一郎を救うことも……あの木を、自分の手で斬ることも」


 


 ミコトの声には、もう迷いがなかった。

 それは深い傷を抱えながらも、前へ進むと決めた者の声だった。


 


「僕が今すべきことは、二度と鬼を生まないことです。

 封印された桃一郎も……そして、この子も」


 


 ミコトは眠る桃二郎の頬に、そっと手を添えた。


 


「……もし世界が、この“桃の真実”を知ったら、

 きっと桃から生まれた者たちは迫害されてしまうでしょう」


 


「……」


 


「でも僕は知っています。

 桃一郎は、悪人なんかじゃなかった。

 環境が、過去が、彼を壊してしまっただけなんです」


 


 ミコトの瞳は、まっすぐだった。


「だから……この子は、僕が守ります。

 僕が育てて、証明してみせるんです。

 “生まれながらにして悪に染まる人間などいない”ということを」


 


 オウエンは小さく息を呑んだ。


「……証明、か。

 だが、どうやって? 君は――何をするつもりなんだ」


 


「“桃の集い”を作ります」


 


「桃の集い……?」


 


「ええ。この子の様に、桃から生まれた者たちの居場所。

 彼らが悪意に飲まれぬよう、導くための集いです。

 特別な力で世界を守る“象徴”にする」


 


 そして、言葉を区切るようにミコトは目を伏せた。


 


「そのために、僕は“桃一郎”を名乗りました。

 ――救世主は、“桃から生まれていなければ”ならないんです」


 


「自分を……捨てるのか」


 


 オウエンの声が震えた。


 


「それが……木を切れなかった僕への罰です。

 僕にできる唯一の“償い”なんです」


 


 夜風がそっと吹き抜けた。

 ミコトの髪を揺らし、星々が彼の横顔を優しく照らした。


 


 しばらくの沈黙の後、オウエンは口を開いた。


 


「……分かった」


 


 その声は、かすかに震えながらも、力強さを帯びていた。


 


「ミコト君。私にも――その秘密を、守らせてくれないか」


 


「えっ……?」


 


 驚いたミコトを見つめ、オウエンは静かに頷いた。


 


「世界を救った、君という人間を、世界から消すことなど、私にはできない。

 だが同時に、この壊れかけた、"今の世界"には“真実”ではなく、“希望”が必要だ。

 ……その嘘は、きっとこの国を救う。ならば、私も共犯になろう」


 


「オウエンさん……でも、それじゃあ……あなたまで――」


 


「いいんだ。私もこの物語の“語り手”として、責任を果たさねばならない」


 


 そう言って、オウエンは星空に向かって手を伸ばした。


 


「私はこの出来事を、すべて書き記す。

 君の葛藤も、桃一郎の悲劇も、私たちの選んだ嘘も。

 “未来”というまだ見ぬ誰かへ託すために」


 


 ミコトは目を見開き、やがて静かに頷いた。


 


「信じよう。

 いつかまた、“光”に選ばれた者が現れる日を――そして、その者の選択を――」


 

 


 二人の背後では、桃二郎が小さな寝息を立てていた。

 柔らかな光が、まるで彼の未来を照らすように降り注いでいた。




世界を巻き込んだ、大いなる嘘――



 それがどれほど身勝手で、独りよがりな選択だったか。

 そんなことは、誰よりも自分が分かっていた。


 だけど、どうしてもできなかった。

 あの時、剣を振るうことも、過去を断ち切ることも。


 それが――

 弱い自分にできる、たったひとつの“贖罪”。


 せめてその時が来るまで。

 この世界の平穏を守り抜く。


 願いと覚悟を込めて――

 すべてを、“未来”に託したのだった。

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