表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/128

【第102話】式典〜禁書編〜

 それから――幾ばくかの時が過ぎた。


 鬼が消えた東の町には、ようやく静けさが戻りつつあった。

 だがその静けさは、決して安らぎだけではない。


 黒く焼けただれた家々。

 半ば崩れ、瓦礫となった路地。

 そして、帰ってこなかった人々の空白だけが、ひっそりとそこに残っていた。


 それでも――


 人々の胸には、確かに小さな“光”が灯りはじめていた。


 恐怖の象徴だった鬼がいなくなり、

 ようやく、大地が息を吹き返しはじめたのだ。


 そんな復興の最中、国中にある噂が一気に広まっていった。


「救世主の伝説」――。


 鬼という絶望を退けた存在がいた。

 人でありながら、神にも等しい力で災厄を断ち切った者がいた。


「聞いたか? 東の町を救った“あの男”の話だ……」


「見た者の話じゃ、空から光になって降りてきたって……」


「三つの神獣を従えてたらしいぞ。まるで神話だ……!」


 人々は酒場で、朝市で、祈りの場で、目を輝かせながら語った。


 曰く――


「救世主様は、三体の神獣を背に、天より舞い降りた。

 その者は風のように地を駆け、空を翔び、放たれた一振りの刃は、山さえも切り裂く光の力だった」


 語り手の声は熱を帯び、聞く者たちは息を呑んで耳を傾けた。


 そして。


 ――誰もが、その話の“主”を、心の支えにしはじめていた。


 絶望の夜が終わり、少しずつ朝が来るように。


 国中の空気が、わずかに、確かに変わっていった――。


 _____



 ――ここは王宮。

 国の心臓部、もっとも厳かな場所。



「ミコト君! そろそろ時間だ。準備を頼む!」


 堂々たる正装に身を包んだオウエンが、凛とした声で呼びかける。


 隣には、白を基調とした衣をまとった青年――ミコトが立っていた。

 柔らかな生地が光を反射し、その姿はまるで“光そのもの”のようだった。


「はい……オウエンさん」


 静かな返事。だがその瞳には、はっきりとした覚悟が宿っている。


 王宮の奥では、侍従たちが慌ただしく動き回っていた。


 装飾品を並べる者。

 式典の段取りを通す者。

 そして、緊張した面持ちで服を整える兵士たち。


 みな、今日という日に胸を高鳴らせていた。


「皆の者、気を引き締めよ!

 今日は――救世主を讃える日である!」


「はっ!!」


 オウエンの声が響いた瞬間、王宮全体にキンと張り詰めた空気が広がった。


 そう。今日は――


 救世主 “お披露目式典”。



 鬼という絶望が去り、

 焼けた国土が再び歩き出す、その第一歩。


 ミコトは“希望”として、この場に立つ。


 世界が新しく息を吹き返していくその象徴として。


 人々は彼に憧れ、

 救われた者たちは彼に感謝し、

 そして国は――光として、未来として彼を讃える。


 長い闇をようやく抜け、

 国中が“光”を求めていた。


(この国は、ここから変わる……

 もう一度、希望に満ちた未来へ……)


 オウエンは静かに目を閉じ、胸の奥で深く祈った。


 その隣で、ミコトはそっと息を整える。


 ――今日、彼は“光の象徴”となるのだ。


 _____



 王宮の中央広場。


 まばゆい陽光が降りそそぎ、空はどこまでも澄み渡っていた。

 見渡す限りの民――民――民。

 溢れ返る人々は万を超え、圧巻の波となって広場を埋め尽くしていた。


 ファンファーレが鳴り響く。

 王宮楽団の奏でる荘厳な旋律が、空気を震わせ、大地までもビリビリと揺らす。


「……行ってきます」


 ミコトはほんの少し微笑み、オウエンにだけ小さく頷いた。


 その足が、ゆっくりとバルコニーへ踏み出される。


 ――途端。


 白い装束に包まれた青年が陽光を浴び、その姿を現すやいなや。


「おおおおおぉぉぉおおおお!!!」


 地鳴りのような歓声。

 悲鳴にも近い喜びのざわめき。

 人々の両手が天に掲げられ、涙ぐむもの、祈るもの、跪くものまでいた。


 民は皆、待っていたのだ。


 ――自分たちを絶望から救った英雄を、この目で見る、その瞬間を。


「静まりたまえ――!!」


 オウエンが手を挙げる。

 その一声で、まるで時間が止まったかのように、広場が静寂へと落ちる。


 風の音すら聞こえぬ、完全な静けさ。


 オウエンの宣言が、澄んだ空へ突き抜ける。


「皆の者――お待たせした!」


「ここに立つお方こそ、かの鬼を封じ、この国を救った真の――救世主、ミ――」



 ――その瞬間だった。



 ミコトがそっと一歩、オウエンの前へ出た。

 胸を張り、堂々と、誰よりも真っ直ぐに。


 そして――

 空と民衆を震わせるほどの、はっきりとした声で叫んだ。



「――我が名は! 桃一郎である!!!」



 ミコトは声高にそう宣言した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ