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モーモー太郎伝説  作者: おいし
第一章
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【第1話】モーモー太郎

むかしむかし――


この国には“鬼”と呼ばれる存在がいた。


それはただの怪物ではない。

身の丈は山よりも高く、声は雷鳴のように轟き、

一振りの腕で森を薙ぎ払うその姿は、まさに天災そのものだった。


人々は逃げた。

村を捨て、山を越え、ただ命を守るために。

祈りは届かず、刃も折れ、誰もが絶望の中に沈んだ――その時。


ひとりの戦士が、現れた。


名も知られぬその者は、銀の鎧に身を包み、瞳には火を宿していた。

人の姿でありながら、鬼に怯むことなく、真正面から挑みかかった。


剣と拳が火花を散らし、嵐のごとき激戦が大地を震わせる。

大空を貫くような一太刀が、ついに鬼を貫いた時、

黒煙の彼方から朝陽が射し、戦士の影が黄金に染まった。


人々は歓声を上げ、地にひざまずいた。

「救世主」とは、このような存在を言うのだろうと。


その英雄は言った。


「私は、桃から生まれました。」


――こうして、伝説は始まった。



一百六四年後 ― 静かなる山里


桃暦164年。


伝説の鬼退治から遥かなる時を経て、

人里離れた深い森の奥に、小さな家があった。


木々は天を突き、その葉は空を覆い隠すほどに茂り、

森の奥を流れる川は鏡のように澄んで、陽光を跳ね返す。

そこには、誰の足音も届かぬ静寂が広がり、

風が葉を揺らし、鳥がさえずる音だけが穏やかに響いていた。


その庭先に、手入れの行き届いた畑がある。

畝には色とりどりの野菜が育ち、

人の手が確かにそこにあることを物語っていた。


――昼下がり。


木造の家の戸が、ギイと音を立てて開いた。

現れたのは、白髪を布でまとめた老婆だった。


背は少し丸くなっているが、その瞳には凛とした光が残っている。

彼女は畑を見渡し、森の方へと視線を送る。


「そろそろ……帰ってくる頃かねえ」


そう呟いた瞬間だった。

森の奥で、草を分ける音がした。


ガサッ、ガサ……

音は徐々に近づき、やがて大きな影が現れる。


老婆は微笑み、手を振った。


「おかえり、モーモー太郎」


「ただいま帰りましたっ、お婆様!」


朗らかで元気な声が、森に響いた。



だが、その声の主は――人間ではなかった。



家の前に立っていたのは、

白と黒の斑模様を持つ、一頭の牛だったのだ。


その牛は、二足で立ち、山菜の束を背負い、

そして――流暢に、人の言葉を話していた。


彼の名は、モーモー太郎。


お婆様と呼ばれた女性に向かって、まるで孫のように顔を綻ばせる。


「今日は、良い山菜がたくさん採れましたよ!」


得意げに胸を張ると、荷を丁寧に降ろす。

その瞳には、牛とは思えぬ深い知性と、暖かな情が宿っていた。


「働かせてしまって悪いねえ……」


老婆がそう言うと、モーモー太郎はぶんぶんと首を振った。


「お婆様、それはやめてくださいと何度も申し上げております!

 “働かされている”なんてこと、ありえません。

 僕を育ててくださったのは、お爺様とお婆様です。

 これくらい、当然のことです!」


その言葉に、老婆の目が細まり、

深い皺の刻まれた手が、そっとモーモー太郎の額を撫でた。


「本当に……優しい子だねぇ、あんたは」


モーモー太郎は少し照れたように鼻を鳴らし、

でも、嬉しそうに目を細めた。


――静かな森の奥で、始まろうとしていた。

桃から生まれた英雄の伝説から、百六十四年。

人語を話す牛、モーモー太郎の新たな物語が、今、幕を開ける。


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