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いきなが袋

作者: N(えぬ)

 むかしおばあちゃんが話してくれて、教えてもらいながら一緒に作ったこの袋。着物を作ったりする時の端布れで作ったから、今では古くさい模様のくたびれた袋。

 そのときからずっと使っている。使っているけれど……。



 この袋はおばあちゃんの話では「いきなが袋」と言って、おばあちゃんの住んでいた地元で縁起担ぎに作られていたらしい。どういう縁起かというと、この袋を作るときに「思った相手の髪の毛」を一緒に縫い込んで、出来上がったら時々フウッと息を吹き込んで膨らますのだと。そうするとその相手と「息の長いつき合い」が出来るんだとか。

 わたしはこの袋を作るとき、おばあちゃんに「誰か好きな人の髪の毛を手に入れておいで」と言われて用意はしたけど、「誰のものか」は決して言わなかった。おばあちゃんも母さんも、そのときはわたしを冷やかして笑ったのを覚えている。婆ちゃんも母も、それぞれ同じような思い出がある袋作りなのだった。

 わたしが布に編み込んだ髪の毛の相手はシマオカ・フジオ君。君なんて言うけど、当時は呼び捨てになんかしなかった。いつも「フジオ君」と呼んでいた。引き換えて彼はわたしのことイトウ・アキコを「アキコさん」なんて言わないし「アキコ君」でもなくて「アキちゃん」と呼んでいた。10才か11くらいのころのことだ。


 それからわたしは、折に触れて、隠れて人知れずこの袋に息を吹き込んできた。

 わたしは、そんなに彼が大好きって言うほどじゃなかったけど、でも、気のよい優しいフジオ君とは、いつまでも長いつき合いがしたかったから。

 この袋は、「息が長いつき合いが出来る」縁起物であって、「相手との恋が実る」ということではない。むかしは、親戚とか近所とか、もちろん家族も含めて、そう言う繋がりを大事にしたから、こういうものが存在したのだろう。


 わたしはもうそろそろ、この袋を作る前から数えたら20年以上、フジオ君と「つき合って」いる。お互い実家にいて地元に沿った生活をしてきた。きっとこれからもそうする。そう言う中で、彼とはよき友達として、少し意識する異性として、これまでやってきた。

「どこか踏み切れない」

 アキコがフジオについてよく思うことだった。きっと相手から言ってくれれば、すぐさまにでも「いい返事」が返せるように思っていた時期もあった。

 いま、お互いもう30才を超える。何か目の前の現実が大きくなっていって、鈍感にもなった。一緒に居ても当たり前のような感覚がある。もっと若いときは、周りも「そのうちにくっつく」と思っていた人が多かったようだけれど、結局二人のどちらも「友達以上」に踏み切れず、月日だけが流れてしまった。


 それでもアキコは今も「いきなが袋」に息をフゥッと吹き込む。もう習慣みたいなものだ。つかず離れず、喧嘩もしないが溺愛もしない。


 だが、物事というのはいつまでもずっと一つところに止まりはしない。いつかは流れてゆくものだ。

「フジオが女とつき合ってるらしい」

 そう言う誰かがいるらしい、と話を聞いた。小さい町だから、近所の噂などすぐに聞こえてくる。そうすると、「アキコちゃん、どうするのかな?」というところまでいう人も居る。「わたしはどうするかな?」それをわたしも考える。「息の長いつき合いを、これからも続けるのは、フジオにとっていいことなのか?」。

 人は出会い、いずれ別れるものだ。「もういいんじゃないだろうか」そう言う潮時と言うのもあるだろう。



 アキコはある夜。自分の部屋で「いきなが袋」をタンスの引き出しの奥からそっと取り出した。

 ばあちゃんと一緒に作った。けれどもうばあちゃんは居ない。母さんも年取った。

「わたしも年取ったなぁ……」

 そんな気がした。そして、この袋を作ったときに込めた願いのとおり、フジオとはずっとうまくやってこれた。けれど、恋に発展はしなかった。互いを愛することにはならなかった。

「そういうことだナァ」

 テーブルの上に袋を置いてアキコは一人ため息をついた。気持ちを整理したかった。

 一つ深く息を吸って、そして吐いて。もう一度吸って、それから両手で袋を持って、思い切り一息にいっぱいの息を吹き込んだ。

 いきなが袋はパンパンに膨らんだ。それをアキコは左の手で押さえて右手を勢いよく拝むように叩きつけてやった。

「パンッ」と言って、底が抜けて袋が破れた。何か晴れやかな気分になった。大げさだが「呪縛から解き放たれた」、そんな気分だ。

「長い長いつき合いだったね。おまえさん」

 袋に、そして彼に、そう言いたかった。


 翌週。フジオが婚約したとアキコは聞いた。

「あら、よかったねぇ」

 その話を持ってきた職場の年配女性にアキコがそう言うと、周りの人はあまり多くを語らなかった。

 この数日の間にもアキコはフジオと顔を合わせていたが、彼は婚約についてはアキコに何も言わなかった。彼にもアキコに対する思いがあったのだろう。だから何も言えなかったに違いなかった。お互いにあの「袋」のせいで呪われていたかのような気がした。あの袋がなかったらこんなことにはならなかったのかも知れないとも思った。


「気ばかりつかわせて、こっちもイヤなこった」

 アキコは、「何かスカッとしたいものだ」そう思っていた。


「久しぶりにいじってみるか」

 あの破れた「いきなが袋」の布は捨てがたく、そのまままだアキコの手許にあった。

 もう古くて傷んでいて、柄もむかしの安着物のもので、レトロを通り越して時代物の布だった。

「さて、これをなんにする?」

 アキコは考えあぐねた。



 アキコは仕事の休憩時間、休憩所で弁当を出した。弁当箱が入っているのは例のあの布で作った袋だった。

「袋を作ったから、弁当も自前で自分で作ってみた」

 そう言って同僚に笑った。みんなは、おいしそうな弁当だと褒めてくれた。だが役場の人と一緒にそばに居た一人が、

「これはまた、時代のある布ですね。相当珍しい」

 そう言って袋のほうに興味を示した男性がいた。

「僕は、むかしのこういう素朴な柄の織物製品なんかを扱う商売をしているんです」

 その男性は名刺を出して見せた。役場の関係する催事について、打ち合わせできている業者だという。

「おもしろいですねこの袋。お話を聞かせてもらえませんか?」

「ああ、ええ、いいですけど」

 感じのいい男の人だ。アキコはちょっとうれしかった。

「この袋の布は、むかし、ばあちゃんが着物を作ったりした残りのきれを寄せ集めて作ったもので」

 アキコはかしこまってそう言った。

「なるほどねえ。それじゃあ、残り物の「福」を集めて作ったような袋なんですねえ」

 男性は大真面目にそう言った。それがアキコにはなんだかとてもおかしかった。

「ええ、そうなんです。最後の最後の残り物になった布で、しかも残ったわたしが作りましたから、相当長い間、福が続くと思いますよ」

「は?」

「いえ、あの、それだけ歴史があるということで……」

「うん、そうなんですか。実におもしろい。ぜひ、詳しく話をお聞きしたいです。夜は空いてらっしゃいますか?」

 アキコは下を向きながらも何度も頷いた。




タイトル「いきなが袋」

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