弟を持つ姉に悪い人間はいない
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。
コミカライズ1~5巻発売中です。
「ごちそうさまでした!」
マヤ姉が差し入れてくれたランチパックが空になる。
稽古をしていた俺やロイより、なんなら見学してただけのターニャが一番食べたような気がする。
「マヤさん、料理作りが上手くて尊敬するっす!」
ターニャがソースでベッタリになったままの口でマヤ姉を賛美する。拭け拭け。
「あたしは料理とか家事系、からっきしだから……教えて欲しいっすよー」
「ふふ。同じ姉として、そう言われたら断る理由が無いな。私で良ければ教えてあげよう」
「やたっ!」
珍しいマヤ姉とターニャのやり取りだ。
「マヤ姉、優しいじゃん」
「弟を持つ姉に悪い人間はいないからな」
「なにその限定的な条件」
いや別に否定する気はないけども。
「私はターニャに姉道を教えているから、朝陽たちはまた稽古に戻ってくれ」
「姉道ってのもなんなの!?」
武士道や騎士道みたいなもの!?
俺とロイは稽古に戻った。
マヤ姉とターニャが居る草原から離れ、近隣の森へと場所を変える。
「場所を変えて、今度は森の中での戦いを指南するぞ。モンスターってのは茂みや木の上にも潜んだりしていて、油断はできな…」
「さっきの……」
「ん? さっき?」
「理由…その、強くなりたいって思った…」
ロイはどうやら答えを教えてくれるらしい。
「お姉ちゃんを守りたい…守れるくらい強くなりたいから…」
「!」
俺は目を見開いた。
「この前ワイバーンが出たとき、僕、おねえちゃんに守られてばかりで……このままじゃダメだって思ったんだ。それで、その、強くなりたい……ならなくちゃって」
ロイは顔を赤らめながら、強くなりたい理由を言った。
姉を守るために強くなりたい…か。なるほどな。
そりゃターニャがいる前じゃあ恥ずかしくって言えないな。
「お、おねえちゃんにはナイショだよ! アサヒくん!」
「わかってるって」
弟同士の秘密だな、これは。
「じゃあ頑張って強くならないとな! さあ、稽古しよう!」
木刀を用いて、稽古を続ける。
「たあ!」
「わあ!」
勢い余って、ロイの木刀を茂みの向こうへ弾き飛ばしてしまう。
「おっと、強く弾きすぎちゃったか」
「木刀、拾ってくるね」
そう言って茂みの奥へと消えたあと、程経て「うわぁ!」というロイの悲鳴が聞こえてくる。
「ロイ!? どうした!」
ロイが向かった先へ走り出す。
その茂みの中で、俺は驚きの光景を目の当たりにした。
「てめえか、このガキぃ!」
「オークメイジ様に木刀ぶん投げやがったのは!」
「うわああああああん!」
そこにはオークの集団がいた。数は四体。
いるじゃん、モンスター!?
ここは生息区域じゃないって話、なんなのターニャ!?
一人のオークがロイを片手で逆さ吊りに持っている。
その頭目らしいローブ姿のオークの頭に、木刀がギャグめいた形で刺さっている。あれは痛そう。
「大丈夫ですか、オークメイジ様!?」
「ギガノト様の命でやって来た残党狩りかと思った……こんな辺境の地までやって来たのかと、わしゃあ寿命が縮んだわい!」
額からダラダラと流血しながら、オークメイジがただでさえ青い肌をさらに青くしている。
呼吸も荒い、よほどビビったのだろう。
「ギガノト…残党狩り…そうか、こいつら関所での戦いから逃げてきた残党か…!」
どおりで生息区域外にいるわけだ。
いまだ茂みに隠れながら、状況を確認する。
「オークメイジ様、どうしますかこのガキ」
「ちょうど腹が減っていたんじゃ。焼いて食っちまおう」
「まずい…!」
オーク四体だ、俺だけじゃあ分が悪すぎる。急いでマヤ姉を呼びに行こう。
そう言って引き返そうとしたとき、ロイがアクションを起こした。
「わぁぁぁん! 助けて、おね…………むぐ!!」
助けを呼ぼうとした自分の口を、ロイは両手で咄嗟に塞いだ。
「叫び声を自分で塞いだ…!?」
姉であるターニャにまで被害が及ばないよう、その存在をオークに悟られないように声を塞いだんだ。
自分の危局なのに、真っ先に姉のことを考えて……
自然と笑みがこぼれる。
「10歳の子供だぞ…?」
ロイにそこまで格好付けられたら、俺だって隠れてばかりはいられないよな?
「その子を放せ!」
俺は剣片手に茂みから飛び出した。
「アサヒくん!」
ロイの顔が明るくなる。
いやでもずっと宙づり状態だから体勢的にはやはり辛そうだ。
「なんじゃ!? 他にも人間がおったのか!」
勝ち目がないのは分かってる。
ただ俺がピンチになったら絶対マヤ姉が来てくれる!
これはそのための時間稼ぎだ!
俺は前向きなんだか後ろ向きなんだか分からない心持ちで、オークの集団と対峙した。
オークメイジが魔法を詠唱し出す。
「ぬはは! 人間の童が二人とは、昼食が豪華に……ハッ!」
オークメイジが俺の顔を見るたび、見る見る顔が青くなっていく。
青通り越してなんかもうグレーになってる。
「そ、その顔は……!!」
「……ぬわっ!?」
「ひっ!」
オークたちに恐怖が伝染していく。
「え?」
オークたちは俺の顔を見た途端、一様にビビリ始める。
なんだ?
俺、なんかやっちゃいました?
「真・天魔滅衝剣の使い手だぁぁぁ!!」
オーク全員が一斉にそう叫ぶと、ロイを捨てて我先にと逃げ出していった。
「滅されるぞー!」
「に、にに、逃げろぉー!!」
残されたのは俺とロイだけである。
風がひゅーっと落ち葉を運んでくる。
あ、そうか。
関所から逃げ出した残党ということは、あいつら、真・天魔滅衝剣の現場にいたんだ。
そりゃあ俺の顔を見たらビビリ散らかしますわな。
「大丈夫か、ロイ」
オークに放り出されて地面に尻餅をついているロイに手を差し伸べる。
「スゴいよ、アサヒくん! モンスターがみんな逃げちゃった! スゴい!」
「ロイもよく頑張ったな。えらいぞ。さあ、お姉ちゃんたちのとこに戻ろう」
ロイが瞳を輝かせている。
「真・天魔滅衝剣でどんな技なの!? 僕にも見せてよ!」
「あはは……そ、そのうちな……」
俺は苦笑いを浮かべた。
それ撃てるの、マヤ姉なんだよなぁ。
☆
俺たちはお姉ちゃんズと合流すると、街へと戻り、そしてそこでターニャ姉弟と別れた。
別れ際、ロイはぶんぶんと大きく手を振っていた。
今度の稽古はより一層熱がこもりそうだ。
俺とマヤ姉は家路に向けて、並んで街を歩く。
「ロイの朝陽を見る目、きらきらと輝いていたな。まさに羨望の眼差しというヤツか」
「なんかピュアな子供騙してるみたいで、心苦しくもあるんだけどね…」
それにしても、ロイの思い。
姉ちゃんを守るために強くなりたい……か。
そういうの、俺にも確かに昔あったっけ。
ちらりとマヤ姉の横顔を見る。
今日も逞しく精悍な顔つきをしている。
そうなんだよな。
この完璧超人姉さん、俺が守れる要素なんて一個もないんだワ。
「そんなことはないさ。守られてるよ、私も朝陽に十分」
見透かしたようにそう答えてくるマヤ姉。
え、俺今、口に出してた? 出してないよな?
「は!? な、なんで俺が考えてること…」
「言葉にせずとも弟のことは分かるさ。姉とはそういうものだ。ターニャも、ロイが強くなりたい理由は薄々勘づいていたぞ?」
「そっか……さすが姉ちゃんだ」
姉は強し、か。
「じゃあ他にも俺が考えてること分かる?」
「そうだな……」
キラーンとマヤ姉の瞳が光る。
イヤな予感しかしない。
「なになに!? 『マヤ姉に抱きしめられたい』だって!? よーし、願い通りにやってやろう!」
マヤ姉が俺を抱きしめ、地面に押し倒そうとする。
「んなことミリも思ってないんだけどぉー!!」
俺の叫びが街中に響いたのであった。