モンストル・マルシェ
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。
コミカライズ1~5巻発売中です。
シーザリオ王国の首都エピファネイア。
その都市から少し離れた場所にあるクローディオ森林にて、俺はモンスターと対峙していた。
そのモンスターとはワイルドボア……イノシシだ。
「来い!」
ワイルドボアがその名の通り、猪突猛進、一直線に体当たりをしてくる。
「ぐっ!」
回避が間に合わず、直撃を食らう。
しかしこちらも、交錯する際に相手に一撃食らわせた。一進一退の攻防というヤツだ。
「ワイルドボア…手強い相手だぜ。でもレベル上げにはちょうどいいモンスターだ。クラン活動してないときは、少しでもこうして特訓しとかないと…」
“スーパー朝陽軍団”というクラン(何度口にしてもダサい)を立ち上げた俺だが、いつもクラン単位で活動しているわけではない。
クラン限定クエストに挑むときだけ集合、普段は皆それぞれソロで活動をしているのだ。
つまり、俺の場合は基本マヤ姉と二人、以前と変わらず行動している。
今日はマヤ姉も置いて、こうして一人で特訓しに来ている。
クローディオ森林は近所だし、そこまで強いモンスターも出てこない。一人でも大丈夫だろうと思ったわけだ。
ズシン、ズシンという地響きが鳴る。
「ん?」
なんだかイヤな予感。
振り返ると、そこには大きなイノシシがいた。
正確に言うと顔はイノシシなのだが、二足歩行をし、防具を身に纏い、右手には巨大なナタを携えている。
「ボアキング様の子分にちょっかい出してるニンゲンってなぁテメーか!」
「オマケに人語まで喋る始末!?」
明らかにただのイノシシを超越した高位の存在である。
そういえばクローディオ森林、以前同じく二足歩行で人語喋るカイザーベアってボスもいましたね……なにこの森、ヤバくない?
ボアキングが剣を振るう。周囲の木々がなぎ倒される。
俺はすんでのところで回避したが、こんな攻撃食らったらひとたまりもない。大ピンチ。
「すばしっこいチビだ! 三枚おろしにしてやるぜ!」
「ひええええ!!」
そのとき、木の上から一部始終を見ていたであろう人物が、この戦闘の場に降り立ってくる。
その人物は落下ざまに魔法を放つ。
「『姉アースクエイク』」
地面が割け、10メートルにも及ぶ巨大な岩石の槍が何本も出現する。
哀れボアキングは串刺しにされ、一撃で絶命してしまった。
さすがマヤ姉である。
「だから一人で特訓は危ないと言ったろう?」
マヤ姉は笑みを浮かべた。
「いたんなら、もっと早く出てきてよ…」
「私に黙って家を出た罰さ。少しは怖い目を見ないと」
この姉、おっかねえ。
まあ近場の森なら大丈夫だろうと高をくくって、一人で郊外に出た俺も悪いけどさ。
マヤ姉がボアキングの死骸をじっと見ている。
なんだろう。
「良いイノシシ肉が手に入った。晩飯代が浮くな」
食う気満々で草なんだが。
「二足歩行で人語喋るイノシシなんて食えるかぁ!!」
俺は断固拒否した。
この姉さん、隙あらばモンスターを食べようとするから油断ならない。
ダンジョ○飯のマル○ルの気持ちが今ならよく分かる。
そのとき、奥の茂みがガサガサッと揺れた。
「! 新手のモンスターか!?」
しかし現れたのは人間であった。
「大きな音がしたから来てみれば、ボアキングじゃないか! キミたちが倒したのか!?」」
レンジャー系と思しき軽装備に、腰にはたくさんのポシェット。さらに二刀のソード。
そして背には身体より大きなリュックを背負っている、20代くらいの男性だ。
「あ、はい、まあ……あなたは?」
俺が素性を問う。
「おっと失礼! 人に何か聞く前に、まず自分からだね!」
やけにハキハキした口調である。体操のおにいさんみたい。
「僕はシモフリ! 美食クラン『モンストル・マルシェ』に所属するグルメハンターさ!」
男性はそう名乗った。
「ん? そのクラン名、どっかで聞いた記憶が……」
にしてもシモフリとは、美味しそうな名をしている。
「ボアキングの肉を求めてこのクローディオ森林にやってきたんだ。でも、僕の腕前じゃあ到底敵わないと思ってたんだよね。それがよもや、既に倒されていたとは……これは僥倖!」
シモフリは両手を合わせて、懇願してきた。
「頼む! ボアキングを譲ってくれないか!?」
「いやしかし、コイツの肉は我が家の夕飯……もがもが」
「いいよいいよ! 持ってって!」
俺はマヤ姉の口を背後から塞ぎ、シモフリの申し出を快く快諾した。
危ない…危うくボアキングの肉が食卓に並ぶところだった。
持っていってくれるならこんなにありがたいことはない。
「ありがとう! お礼にこれをあげるよ!」
シモフリは一冊の本を手渡してきた。
「本?」
「料理のレシピが書かれた本さ。ただの料理じゃあない……食べると色んな効果が自身に付与される、戦闘に役立つ料理なんだ!」
「色んな効果が!?」
俺は色めき立った。
「レシピなど無くとも、私なら大体の料理は作れるが?」
「違うんだって、マヤ姉」
俺はチッチッと指を振った。
さあ、早口ゲームオタクになる時間だ。
「RPGにおいての料理とは、ただの料理にあらず! 体力や魔力を回復したり、状態異常を回復・予防したり、ステータスを上げたりと、重要なバフ要素なんだ! レシピ本集めはモンスター図鑑と並ぶ、そのゲームの面白さを向上させる収集要素! それに料理ごとのアイコンや2Dドット絵、3DCGも至高……何度ゲーム中の架空料理にヨダレを垂らしたことか…!」
「ほほう」
俺は一気にまくし立てた。
実際、ゲーム中の料理はとても美味しそうに感じるものだ。
昨今の美麗グラフィックはもちろんだが、ファミコンやスーファミ時代のドット絵、プレステ初期のローポリグラフィックでも美味しく見えたのだから不思議なものである。
「材料は自分で獲ってみてよ! じゃあボアキングの肉、本当にありがとう!」
自分で獲って?
その言葉には少し首を傾げたが、ともかく、俺たち姉弟はシモフリと別れたのであった。