帰るぞ
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。
コミカライズ1~4巻発売中。8月中旬に最新5巻が出ます。
西の関所を守る兵士たちは、たった一人でその砦を破壊した巨躯の獣人に恐れおののいていた。
「バ、バケモノだ…! なんなんだよ、アイツ…!?」
「たった一人で砦を…!!」
「だ、誰か……王都に伝達を……ドラゴン級以上の手練れを招集してくれ…!」
「なーにゴチャゴチャ言ってやがる」
ギガノトは兵士の一人の頭を掴むと、そのまま頭上へと軽々持ち上げた。
鉄製の兜がみしみしと音を立てて、ひしゃげそうになる。
「あひゃ…や、やめへ…!」
「だっはっはっはぁ! 脆ぇ! トマトみたいに脆いなぁ、人間ってのはよ!
「だ、だれは…たふへへ…!」
「助けなんざねえよ! 惰弱! 脆弱ぅ!」
兵士の頭を握りつぶそうとした瞬間、炎の矢がギガノトに放たれる。
その攻撃を避けるために、咄嗟に頭を離す。兵士は事なきを得たようだ。
救ったのは意外にも、魔族側に今は立っているキルマリアであった。
「なんのつもりだ、キルマリアぁ?」
興を削がれたギガノトがキルマリアを睨み付ける。
しかしキルマリアは、炎使いとは真逆の、氷のように冷ややかな視線を送るだけだ。
「陰湿じゃ。弱い者虐めなぞ」
その言葉に首を傾げるギガノト。
「弱い者イジメぇ? 砦落とすのに手ぇ貸さなかったのも、それが理由か?」
どうやら西の関所を落としたのはギガノト一人によるもので、キルマリアは傍観していただけに過ぎないようだ。
「部下も持たねえ、根城も持たねえ、誰ともツルまねぇ……変わった野郎だぜ、てめえは」
「……ふん」
「そういやぁ、てめえとは本気でやり合ったことはなかったな? 王都侵攻に前座代わりにやるか、おう?」
「…………」
魔王六将同士で不穏な空気が流れる。
そこに、ドタドタと足音を鳴らし、とあるモンスターの一団がやってくる。
オークたちだ。
「ギ、ギガノト様!?」
「なな、なんでこんなところに……」
オークたちは皆一様に、ギガノトの姿を見るなり顔面蒼白になった。
「……てめえら、逃げてきたな? 戦場から」
このオークたちは、先ほどまで朝陽たちが戦っていた反対側の関所から逃げ出してきた面々だったようだ。
朝陽の真・天魔滅衝剣を見て、恐れおののき敗走してきたのだ。
そんな行動を見透かされたせいか、オークたちの顔がさらに青くなる。
「い、いいえ!」
「逃げてなんか、その、お、おれたちは……」
「そ、そうっす! おいらたちゃあ戦況を報告に……ふぎゃあ!?」
オークたちの必死の弁明は実らなかった。
ギガノトがデコピンをすると、一人のオークの首が軽々と、まるでミニトマトのように飛んでいった。
他のオークたちにも襲いかかる。
「ひい、お許しを! ぎゃん!」
「やめ…はぎゃあ!」
「ぶっほ!」
「ギ、ギガノト様ぁああ!」
敗走兵たちを鏖殺するのに、1分もかからなかった。
血だまりの地面を歩きながら、ツバを吐く。
「弱者は消えな。しょうがねえだろ、生きててもよぉ」
「…………」
キルマリアは思った。
百獣のギガノト……こやつは強く、そして残忍じゃ。
このまま歩みを進めれば、幾つもの街を蹂躙し、何百何千の人間を鏖殺するじゃろう。
歩みを進められれば……の話じゃが。
一陣の風が吹く。
砂ぼこりが舞った次の瞬間、そこに赤髪の女が出現した。
軍場真夜だ。
「なんだぁ、てめえ?」
突然現れた女性を、ギガノトは訝しげな目で見る。
「この俺様が何の気配も感じなかった……いつの間にそこにいた。おう、何とか言え」
真夜はと言うと、無感情な様子でただただギガノトの進行方向に立ち塞がっていた。
キルマリアは笑みを浮かべた。
やはり来よったか…そうよな。これほどの悪意、気付かぬおぬしではないな。
裏切ったとでも思っておるのか?
仕方ないじゃろ……どこまでいっても、わらわは魔族側ということじゃ。
楽しかったんじゃがな、存外……人間との生活が。
キルマリアはこうなった以上、真夜と敵対するほかないと悟ったようだ。
「消えろ、女」
ギガノトが瞬時に間合いを詰め、真夜に襲いかかる。
次の瞬間、合気道よろしく、真夜はギガノトの手を絡め取って地面にひれ伏せさせていた。
あまりの衝撃に、地面に大穴が開く。
「お……!? なん……!?」
ギガノトは痛みというより、今自分が投げ飛ばされたことが理解出来ていないのか、目を丸くしている。
投げられたと実感した刹那、瞬間湯沸かし器のように激昂する。
「お、おお、俺様を地面に這いつくばらせた!? 許せねえ! チリも残さず滅殺決定ぃぃぃ!」
ギガノトは次々と必殺技を繰り出した。
「『土竜地滅弾』!!!」
「『白虎崩連拳』!!!」
「『大蛇爆裂脚』!!!」
独力で関所を破壊し、指先ひとつでオークを瞬殺するほどの破壊力ある攻撃が、真夜を襲う。
それらすべての直撃を食らった真夜の血しぶきが宙を舞う。
真夜に血を流させた……その事実だけでも、さすが魔王六将と言ったところだろう。
キルマリア以外に、今までそんな相手はいなかったのだから。
しかし血を流そうと、真夜はビクともしていなかった。
表情ひとつ変えてはいなかった。
その異様な光景に、攻撃している側のギガノトが戦慄する。
「な…て、てめえは……に、人間……なのか……!?」
真夜はギガノトが放った大蛇爆裂脚の終わり際、その脚を片方掴んで小脇に抱えていた。
それを後ろに引っ張り、ギガノトを転ばせる。
「う、うお!? な、なにをしやが……」
もう片方の脚も小脇に抱える。
この体勢でやることと言えば、ひとつしかなかった。
「『姉ジャイアントスイング』!」
真夜はギガノトを高速回転で回し始めると、そのまま放り投げた。
放り投げたと言うより、放り投げ飛ばした。
なぜならギガノトは、何十キロメートルも向こう、空の彼方へと飛ばされたのだから。
「あーれー……」
ギガノトの悲鳴が遠くから薄ら聞こえる。
キラーン。
ギガノトはお星様になった。
「ふう…」
真夜は息を吐いた。額から血を流していて、身体中も傷だらけではあるが、汗ひとつかいてはいない。
魔王六将、百獣のギガノトと言えど、真夜をピンチたらしめることすら出来なかったようだ。
その事実に、キルマリアは高らかに笑った。
「カッカッカ! ギガノトすらもこう容易く!!」
キルマリアは炎を纏い、臨戦態勢に入った。
こうなった以上、魔族側として命に代えても真夜を討たなければならない…そう決心したのだろう。
「さすが我がライバル! 次はわらわと勝負じゃな!!」
「うるさい」
「はうわ!?」
シリアスな空気をぶち壊すように、真夜がドロップキックをキルマリアにかます。
キルマリアはもんどり打って地面に倒れ込んだ。
「留守番してろと言ったろう。さあ、帰るぞ」
いつもと同じ口調でそう言われ、目が点になる。
「は!? い、いや、マヤ…」
「なんだ。留守番を放棄した申し開きでもあるのか」
「そうじゃなく……ほら、わらわ、西の関所を破壊して……」
「この砦の損傷、お前の攻撃によるものじゃないだろう。何度手合わせしたと思ってるんだ」
「ま、まあそうなんじゃが……いやでも、ほら、魔族側にわらわ今立ってて……」
そんなキルマリアの言葉を遮るように、真夜は続けた。
「サタンゲームで私と勝負するんだろう? 家に帰るぞ、キルマリア」
「! ……」
その言葉がどれほどキルマリアの心を救っただろう。
彼女は表情を悟られぬよう下を俯くと、破顔一笑、これ以上ないくらいの笑みを浮かべたのであった。
「……カッカッカ! わらわは強いぞー!?」
「ふっ、吠え面を掻くなよ」
二人は、朝陽が待っている自宅へと歩き出した。
このあと家で、サタンゲームの勝敗を巡ってケンカをし、お互い「表に出ろ!」と場外戦になって、地形が変わるほどのバトルを繰り広げることになるのだが、それはまた別のお話。