百獣のギガノト
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。
コミカライズ1~4巻発売中です。
「洗濯完了……と」
庭に干していた洗濯物を取り込んだマヤ姉が、リビングへとやってくる。
「二人とも、遊んでばかりいないようにな」
サタンゲームという名の将棋に興じていた俺とキルマリアを窘める。
とはいえその語気は強くなく、日常の中の挨拶のような一言であった。
俺とキルマリアも、流れ作業のように「はーい」と答える。
「マヤよ。今日のわらわは肉の口になっておる。夕飯は肉で頼むぞ!」
「……さも当然のように家にいて、さも当然のように夕飯を食べる気でいる……その度胸、もはや感心するぞ」
「はは、そう言いながら毎回三人前用意するマヤ姉も人が良い」
俺がそう言うと、マヤ姉は照れたようにそっぽを向いた。
憎まれ口をお互い叩きはするけれど、マヤ姉とキルマリアの仲はけして悪くない。
むしろ強者にしか分かり得ない、見えない信頼があるようにすら感じる。
そういう関係性、正直俺は羨ましさを感じる。
いやほら俺オタクだから、達人同士のアイコンタクトとか憧れあるんですわ。
俺もいつかそういうのやってみたいなぁ…などと思いながら、日々地道にレベルアップに励んでいる。
「で、夕飯はまだかえ?」
「まだ夕方前だぞ。我慢しろ」
「夜まで退屈じゃのう……そうじゃ! マヤよ、サタンゲームで勝負じゃ!」
「私と? 今洗濯物を取り込んできたばかりで、私は家事に忙しいんだ。そんなヒマは無い」
「カカッ! そうかそうか、わらわに負けるのが怖いんじゃな…?」
「は?」
ピキッとマヤ姉のこめかみから音が聞こえた……ような気がした。
「アサヒ曰く、このゲームの大元はおぬしら姉弟の故郷にゆかりがあるんじゃろう? だのに、わらわに負けでもしたら……カッカッカ! 恥ずかしいものなぁ!」
「寝言は寝て言え」
そう言うと、マヤ姉はエプロンを脱いでキルマリアの対面に座った。
間にあるのはサタンゲーム盤と駒。
うーん、我が姉ながら沸点が低い。
まあ俺にちょっかい出してきたモンスターとかも、秒で瞬殺だもんな。
クールな見た目と性格に反して、中身は激情家なのだ。
それにしても……と俺は改めて思った。
ケンカするほど仲が良いと言うけれど、この二人はまさにそれだ。
初めて会ったとき……俺がクマに襲われ、キルマリアがそれを助け、さらにカイザーベアが出てきたときだ。
あのときは互いに命のやり取りをしたマヤ姉とキルマリア。
しかし今は卓を囲んでボードゲームを遊ぶ仲だ。
ちょくちょく二人でケンカし合ってはいるけど、それもけして殺し合いではない。
ボクシングで言うスパーリングみたいなものだ。
まあ問題はそのスパーの規模が天変地異や街崩落レベルのそれなのだが……とにかく、もうこの二人が憎しみあって戦うような展開にはならなそうで安心した。
「勇者さまー! 勇者さまー!」
そのとき、玄関の外から俺を呼ぶ声が聞こえた。
俺を勇者さまなどと呼ぶのはただ一人、ソフィだ。
「どうしたんだソフィ。ウチにまで来て…」
自宅を教えてはいるが、ソフィが我が家にまでやってきたことはない。
意外かもしれないが、ソフィ曰く、プライベートまでは侵害してはならないという線引きがなされているらしい。
推しに迷惑をかけないオタクの鑑みたいな理念だ。
プライベート時に推しに会っても、サインも写真も頼まず、見て見ぬ振りをする出来たオタク。
「東の関所がモンスターの大群に襲われているらしくって……冒険者ギルドが至急クランをかき集めてるんです! ターニャから連絡もらいました!」
「なに!? 緊急クエストってやつか……」
「グローリアさんたちにも今から伝えに行きますので、勇者さまは出陣のご準備を!」
「わ、わかった」
スーパー朝陽軍団は新進気鋭のクラン。
ギルドの信頼を勝ち得る良いチャンスでもある。
断るなどという選択肢は最初からなかった。
「マヤ姉!」
「ああ、聞いていた。行こう」
「お、おいおい! わらわとのゲーム勝負はどうなるんじゃ!?」
サタンゲームは数手動かした状態で止まっていた。
「中止だ。キルマリアは大人しく留守番していろよ?」
マヤ姉にそう言われると、ぷくーっと頬を膨らまし、キルマリアは拗ねたような表情を見せた。
子供か。
☆
それから一時間後。
キルマリアの姿は首都エピファネイアから随分と離れた、北西の山奥にあった。
家で留守番など退屈でしょうがない……
そう思ったキルマリアは空を飛び街を離れ、こうして森を散歩していたのだ。
「そうじゃ、せっかくだから夕食の材料でも獲ってやろう。肉…イノシシ肉がいいのう。カッカッカ、マヤたちの喜ぶ姿が目に浮かぶわい! わらわが獲っていくのじゃから、当然一番良い部位はわらわのものよな! うん!」
そんなことを言いながら森の奥へと進んでいく。
それにしても…と首を傾げる。
「東の関所か。モンスターの大群が王国の近くまで攻め込んでくるとはのう。この統率の取れた動き、もしやヤツが……」
“その気配”にハッと気付いたときには、もう遅かった。
“それ”はキルマリアの上空から彼女に襲いかかると、ありったけの力を込めた拳で地面を貫いた。
「牙王爆砕掌!!!」
大地に亀裂が走り、大穴が開く。周囲の木々は根こそぎ消滅する。衝撃で野生のモンスターらが宙に舞い上がる。
真夜やキルマリアでなければ実現不可能……そのレベルの破壊力であった。
「……消し飛んじまったか?」
破壊の限りを尽くした大男が、ボソリと呟く。
「おい」
「!」
しかしキルマリアは無事であった。
腕組みをしながら、後ろの木にもたれ掛かっている。
攻撃を瞬時に避け、後方へと避けていたのだ。
「いきなり何するんじゃ……”百獣”のギガノト」
「隙だらけだったもんでついなぁ……”壊乱”のキルマリア」
身の丈3メートルはあろうかという巨躯。
身体は筋骨隆々な人間モデルなのだが、獅子と人間のミックスのような顔が特徴的だ。
目や鼻、口元は人間、耳が獣耳。
口元に蓄えたカイゼル髭がとても印象的だが、紳士的な雰囲気はまるでない……粗野、粗暴がお似合いの厳つい風貌をしている。
この人物こそが、キルマリアと並ぶ魔王六将の一人、”百獣”のギガノトである。
「なぜ貴様がこんな所に? 獣魔城ヴァーダイトを空けてまで……」
「俺様もそりゃあ根城でふんぞり返っていたかったがよう……侵攻を任せた配下たちが次々とやられちまってな」
真夜がいつぞや瞬殺したキュクロープスのことであり、またキルマリアが倒したカイザーベアのことでもある。
「……そりゃ災難じゃったの」
「おう。で、こうしてボス自ら出張ってきたわけよ」
ギガノトはカイゼル髭を撫でながら言った。
「しかし丁度いいところであったぜ、キルマリア。これから王都を侵攻する。オメーも手を貸せ」
「なに…!?」
ギガノトのその提案に、さすがのキルマリアも驚きを隠せなかった。
自分にとって今、生活の中心になっている王都に攻め込む?
魔族であれば当然の行動ではあるのだが、しかし。
「魔王六将が二人もいりゃあ楽勝だろ。魔王サマへの忠義を示せや、キルマリア」