世界中の何処にいたって
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。
コミカライズ1~4巻発売中です。
「うふ…対局開始…!」
遊戯帝ウィジャボードの合図で、サタンゲームが始まる。
遊戯帝が考えたらしいオリジナルのボードゲームなのだが、ルールと駒の動かし方をレクチャーされて理解した。
これはただの将棋だ。
それならばと、俺は意気揚々と歩兵を……いや、スライムを前に動かす。
俺と遊戯帝とテーブルと人骨の山しかない亜空間に、カツカツと駒を動かす音だけが響く。
スライムを動かしながらウルフという名の桂馬で仕掛ける。
香車という名のガーゴイルで、相手のスライムを取る。
振り飛車ならぬ振りグリフォンで、左翼から攻め入る。
サタンという名の王を守るのは、ゴーレムという名の銀とドラゴンという名の金だ。
「うふふ…ふ…!?」
最初は余裕を見せていた遊戯帝に動揺が見える。
「この少年……駒の動かし方に迷いがない……? サタンゲームを熟知している……!?」
自分が考案したはずのサタンゲームを初手から理解され、戸惑っているようだ。
そりゃそうだ、だって将棋とルール同じだもの。
日本人ならば誰でも知っているであろう将棋。
しかしそれだけではない……俺には将棋に強い理由がひとつだけあった。
「知っているか? 遊戯帝ウィジャボード」
「?」
「バンドが流行ればギターを買い…キャンプが流行れば山へ行く……」
「何を……?」
「囲碁、釣り、競馬、将棋……アニメや漫画が入り口になれば何でも学ぶ……それが! オタクの生き方さ!」
俺はそう叫びながら自軍の駒を動かし、遊戯帝の角を……いや、クラーケンを討ち取る。
「ぐぅ! 私のクラーケンが!」
将棋アニメが流行ったとき、動画サイトでプロの対局を観るのにも一時期ハマっていたんだ。
本当に良かった……そのときの経験がよもや異世界で活きるとは。
程経て。
対局は終わりを迎えようとしていた。
「王手……いや、魔王手か。まだ抵抗するか、遊戯帝?」
追い詰めたのは俺の方だ。
遊戯帝は、存外静かだった。静かに、ゆっくりと口を開いた。
「いや……私はここまでのようだな。少年、君の名は?」
「朝陽……軍場朝陽」
「楽しかったよ、アサヒ。またいつか、打とう」
「…………ああ、そうだな」
俺は気付けば、笑みをこぼしていた。
変な感じだな……こんなヤギの頭蓋骨を被った異形と死を賭けたゲームをして……でも、妙に満ち足りた気分にもなって。
ついにはこうして、おかしな友情まで芽生えかけてる。
楽しかったよ、俺も。久しぶりに自分の世界のゲームが出来て。
「投了……参りまし」
『姉ブラスト!!』
降参しかけた遊戯帝に降り注ぐ巨大な衝撃波。
「遊戯帝ええええええ!」
突如現れたマヤ姉の魔法により、遊戯帝は消滅した。
もちろん一撃で。
「助けに来たぞ、朝陽!」
マヤ姉が笑顔でそう言う。
「どうやってここが……いや、それよりなに初手滅殺してんの!? 良いヤツだったのに!!」
きょとんとするマヤ姉。周囲の人骨を見ながら、首を傾げる。
「良いヤツ? 何も知らない人間を亜空間に引きずり込み、こうして屍の山を築いたモンスターが良いヤツなのか?」
「あ、あれ!? 確かに……冷静に考えれば、普通に極悪非道なモンスターじゃん!」
俺は我に返った。
そうだよ、遊戯帝ひどいヤツだよ!
危うく空気で騙されるところだった。
しかし問題は他にあった。
「で、でもゲームで勝たないと外に脱出できないんだよ、この空間! そのゲームマスターを倒しちゃって、どうやって俺たちここから出ればいいのさ!?」
「ふむ……少し離れていろ、朝陽」
「?」
マヤ姉は目の前に両手を出すと、何もない空間にズボッと手を突っ込み、まるで引き戸を開けるかのようにその空間を両サイドに割いた。
何を言っているのかわからないとは思うが、俺も何をされたのかわからなかった。
頭がどうにかなりそうだった。
って、ポル○レフ構文を読み上げてる場合じゃない!
この姉、次元を切り開いたよ!?
チートチートとは思っていたけど、もはや何でもアリか!?
割いた次元の向こう側には、俺たちが住んでいる首都エピファネイアの街並みがあった。
「ここから外に出られそうだぞ、朝陽」
「と、とんでもねえ……次元をも力ずくでこじ開けたよ、この姉!?」
俺たちは外に出ると、真っ先に魔法の瓶を拾い上げ、クローディオ森林帯へと向かった。
誰の目にも触れられない場所に埋めるためだ。
亜空間の主である遊戯帝ウィジャボードは死んだが、それゆえ、この瓶を開けて中に閉じ込められる人がいれば今度こそ出る手段がない。地中深くにでも埋めて処分しなければ。
「これでよし」
埋めた後に砂をかける。
「こういうアイテムだって知らなかったんだろうけど、ホアンさん、変な物売ってくれちゃって……」
「掘り出し物とは怖いものだな」
「にしてもマヤ姉、よく俺がこんな瓶に閉じ込められたって分かったね。普通はそんな発想抱かないでしょ」
「ん? 私は朝陽を追って、頭カチ割ってまで異世界へやって来たんだぞ?」
そういえばそうだった。
そんな奇天烈な結論に達して自害めいた真似して、そして実際こうして異世界に馳せ参じた姉に常識など通用しないのだろう。
「世界中の何処にいたって、弟の元へ行くさ。姉だからな」
「…………」
俺は頬を掻いた。
照れくさかったから。
「でも外に出られて助かったよ。あのまま一生、亜空間で過ごすことになるかと思ったもん」
俺がそう言うと、マヤ姉はハッとした顔をした。
なんだろう、何かおかしいことでも言ったかな。
「姉と弟しかいない空間で永久に二人っきり! かーっ! それも捨てがたかったなぁ!」
そんな戯言を叫びながら、俺を熱く抱擁する姉。
「あっぶねー! 外に出られてマジでよかったー!!」
心底そう思う俺であった。