私の自慢の弟だよ
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。
コミカライズ1~4巻発売中です。
ソフィとターニャと別れ、俺は大通りへと移動した。
大通りには色んな店舗や露店が建ち並んでいる。食糧、雑貨、武具、装飾品、魔法グッズ…この一帯だけで何でも揃う。
ターニャが言っていた、商人だけで構成されているギルド『ステイゴールド商工会』がこのあたりの商売を取り仕切っているらしい。
買い物客が行き交う通りを歩いていると、見知ったメイド服姿の少女を見かけた。
彼女は雑貨屋で買い物をしていたようだ。紙袋を抱えている。
「クオンじゃないか」
「アサヒ氏、偶然ですね」
「荷物持つよ」
俺は紳士らしくそう申し出た。
「私より力のないアサヒ氏が?」
「うぐっ」
引っ越しの手伝いをしているときも、彼女の方が小柄なのに重い荷物を運べていた。
もしやこの子、俺が弱いことを気付いているんじゃ……?
「まあいいでしょう。男子としての矜持を保たせてあげます」
独特な言い回しをすると、紙袋を俺に手渡してきた。うん、地味に重い。
俺とクオンは、グローリアが今住んでいる別荘へ向けて歩き出した。
「そういえばクオンはグローリアと一緒にブリガンダイン家を出たんだな」
「私はお嬢付きのメイドなので」
無表情にそう言う。
「心配してんだ」
「お嬢は見ての通り、生活力皆無で常識も欠如してます。私が庇護しないと死んでしまうので」
「とても従者とは思えぬ物言いで草生えるんだけど」
これもまた無表情なので、本気か冗談か窺い知ることが出来ない。
クール系メイド、ここに極まれり。
そのクールメイドが、ジッと俺の目を見据える。なんだろう。
「な、なに?」
「…お嬢は友人も、頼れる人間もいない。アサヒ氏がそうなってくれたら、うん…私はきっと嬉しく思う」
クオンは優しげな口調でそう言った。
彼女にしては珍しく感情がこもったセリフで、俺は目を丸くした。
「クランの件、真剣に考えて頂けないだろうか」
クオンは俺にそう懇願した。
クランの件はともかく、前半は何を言ってるんだ。
俺は笑みを浮かべた。
「アサヒ氏? 一体何がおかしいのです?」
「いやだって……グローリアには友人も頼れる仲間もいるじゃん。俺の目の前に」
今度はクオンが目を丸くする番だ。
少し逡巡したあと、自分のことを言われているのだと気付くと、クールメイドの頬に赤みが差した。
「……では、二人目になってくれると嬉しい」
「はは」
クオンの送り迎えを終えると、俺は我が家へと戻ってきた。
台所ではマヤ姉が夕飯の準備をしている。
俺はと言うと、テーブルに座りながらクランについて独りごちていた。
「クラン…もし作ったら、メンバーは今のところ俺、マヤ姉、ソフィ、グローリア、クオンか? 優秀なアタッカーが二人、ヒーラーが一人、すべてを無に帰すレベルのチートが一人……めっちゃ強いクランになりそうだ。俺以外」
しかしクランには大きな問題がある。
実は俺にはゴーレム級としての力がない。今までの功績は全てマヤ姉によるもの……この秘密の厳守だ。
俺の弱さがバレたらマズい状況なのに、クランなど作って他の面々と顔を合わせる機会を増やしたら、自分で自分の首を絞めるようなものだ。
それにウチのパーティーはあくまでマヤ姉中心。
俺の一存で勝手に決めるわけには……
「悩み事があるのか?」
鍋をかき混ぜていたマヤ姉が、こちらに背を向けた状態でそう言った。
「え、なんで…」
「何年朝陽の姉をやっていると思っているんだ。顔を一目見れば分かる」
そう言って、マヤ姉はフッと笑みをこぼした。
隠し事などできないな、この姉には。
夕食を取りながら、クランのことと、それを悩むに至った経緯までを事細かに話す。
「なるほど、それがクランか」
「どう思う?」
「いいじゃないか。朝陽に仲間が増えるのは喜ばしいことだ」
「そ、そう?」
マヤ姉は意外にもクランに乗り気なようだ。
「現実世界での朝陽ときたらコミュ障をこじらせて、ろくに友達も出来ずになぁ。お姉ちゃん、いつも心配してたんだぞ?」
「やめろー! 陰キャ時代の悲しき過去をほじくり返すなー!!」
俺は顔を真っ赤にして叫んだ。
異世界では割と快活に振る舞えている俺だが、現実世界ではそりゃまあ友達の少ない男だったものだ。
まあ幼い頃に俺を苛めていた近所のガキ大将を、マヤ姉がぶちのめしまくったせいで、みんな姉が怖くて俺に近寄ってこなかったという悲しきバックボーンもあるのだけれど、これはマヤ姉には言わないでおこう。
「でもウチの主役はマヤ姉だろ? だから俺の一存で、勝手にクランなんか作れないと思ってこうして相談を……」
「主役はおまえだよ、朝陽」
「え?」
マヤ姉がこれまでのことを振り返る。
「キルマリアの命を救ったのは誰だ? ソフィを助けるために奔走したのは誰だ? グローリアと直に闘い、和解したのは? そのグローリアをよろしくと頼まれたのは? スライム大水害を解決したのは?」
「……」
「全部おまえなんだ、朝陽。私はその手助けをちょっとしただけだよ」
「……」
「自信を持っていい。今の朝陽は弱くない……私の自慢の弟だよ」
俺は下を向いた。
涙目になったことを悟られないように。
(やべっ…なに泣きそうになってんだ、俺……でも、はは、嬉しいなぁ……)
俺はきっとマヤ姉に認められることが、自分の中で一番嬉しいことなんだと思う。
それ以外に、ここまで心が揺さぶられることはないから。
「それにさ、朝陽。安心していい」
「ん?」
「能力的な弱さがバレそうになったら、魔法で天変地異を起こして有耶無耶にしてやる」
「やめろー! クランを全滅させる気かー!?」
やっぱこの姉、ヤベえ。
☆
後日、俺は……いや、俺たちは、クランの申請をするために冒険者ギルドへと足を運んだ。
俺の隣にはマヤ姉の他に、グローリア、クオン、ソフィの姿が見える。
この5人が、クランの初期メンバーだ。
「クランの申請っすね! 承りました!」
ターニャが元気よく出迎えてくれる。
「拠点はわたくしの屋敷をご自由にお使いくださいませ! 今の住居はそのままで、クエスト前の集合場所とでも捉えて頂ければオッケーですわ!」
グローリアがそう言う。
「女の子だらけ……さすが勇者さま! すでにハーレムを形成していたとは!」
ソフィが人聞きの悪いことを言う。実際、男は俺だけなんだけども。
「私はハーレム要員では断じてありませんが」
クオンはクールにそう返す。それはまったくもってそう。
「じゃあ頼んだよ、ターニャ」
「待った、アサヒくん。クラン名はなんなんすか? それがないと申請できないっすよ」
5人の動きがピタッと止まる。
そういえば、クラン名についてはまったく協議していなかった。
「”グロリアス・ファイブスター”というのはどうかしら!? 栄光の五つ星という意味ですわ!」
「いえいえ! ここは”勇者同盟”でしょう!」
「……”仄暗き黄昏の鷹”」
「ちょ、ちょっと待てみんな! くっ……ここにスマホがあれば、格好いいラテン語とかドイツ語とか調べられたのに…!」
俺たちがワーワー言っていると、マヤ姉が申請書類を取り上げ、ササッと書いてバンと提出してしまった。
凄いスピード感に、呆気にとられる俺たち。
「名前などどうでもよくないか。大切なのは仲間同士の絆…そうだろう?」
「そ、そうですね! その通りです!」
「さすがアサヒの姉君! お義姉さんとお呼びしたいですわ!」
「どさくさ紛れに外堀埋めようとしてませんか、お嬢」
三人は、マヤ姉のその言葉に感銘を受けている。
それは俺だってそうだ。良いこと言うなと思った。
ただ俺は知っているんだ……マヤ姉のネーミングセンスが壊滅的だと言うことを!
それから数日後のことであった。
俺たちのクランが”スーパー朝陽軍団”という名だと知ったのは……