恨みはないが、狩らせてもらう
カゴを片手に夕食の食材を求め、一人森を歩く。
「おっ、タケノコ見っけ」
異世界に生えている野草や山菜は、現実世界のものと形状が酷似している。食べられるものか否か、素人目にも大体の判断が付くので助かる。
ヤバい色のキノコには触れちゃいけない。これは異世界も現実世界も同じ。
「野菜ばっかじゃ味気ないよなぁ。もっと肉とか食いたいもんだけど…」
宿で出されていたチキンやローストビーフが恋しい。
こちとら育ち盛りの高校一年生、まだ野菜に舌鼓を打てる年頃ではないのだ。
ファミレスメニューが大好きな子供舌なのだ。
「せめてリンゴとかバナナとかなってないかな…」
ガサッと背後の茂みが動く。
「な、なんだ?」
俺は咄嗟に剣を構えた。
野生動物か、モンスターか、山賊か……いずれにしても、Lv:1である俺にとっては強敵に他ならない。
警戒心を高める。
「出てこい! 『投石Lv:1』!」
俺が現状唯一覚えているスキルを発動し、茂みに石を投げ込む。手応えアリ。
このスキルの凄いところは、大抵の距離から投げても相手にほぼ確実にヒットすることだ。俺は野球経験もなく、物を投げることに関しては素人だ。そんな俺でもこの命中率……さすがは腐っても”スキル”の項目に名を連ねるだけのことはある。
とはいえ、これを得意技にしたくもないが……早く新しいスキルを覚えたい。
「キュイ、キュイ!」
茂みから現れた”それ”が、俺に向かって威嚇をしてくる。
俺を凝視するその目は、とてもつぶらな瞳をしていた。
「キラーラビット!」
その生き物は、この世界における弱小モンスターの代表格であるキラーラビットだった。
キラーラビット……名前は物騒だが、その見た目はウサギに鋭利な角が生えているだけである。大きさも本物のウサギとそう変わらない。ぶっちゃけ可愛い。野犬の方がよほど脅威に感じる。
「なんだ、ビビらせやがって…」
俺は安堵し、その後あることに気付く。
「ウサギってことは……コイツ多分、食べられる野生動物だよなぁ?」
つまり肉だ。肉料理の元だ。
宿屋のメニューにも”ウサギ肉のソテー”があった。キラーラビット討伐クエストの依頼人が宿屋名義だったこともあったし、おそらくキラーラビットは食材として流通しているのだろう。
現実世界ではウサギを狩って食すなど、おそらく可哀想と感じて俺にはできない。
しかしここは異世界だ。剣を振るって命を絶つ覚悟がないと、生き抜いてはいけない世界。
「恨みはないが、狩らせてもらう!」
俺は戦う覚悟を決めた。
Lv:1の駆けだし冒険者VSキラーラビット一匹。
低次元の熾烈な戦いは、およそ38分間続いた。
「はぁ……はぁ……勝った……!」
ボロボロになりながらも、俺はキラーラビットに勝利した。
「ぞ、存外苦戦した……疲れた……」
今の戦いでLvも2へと上がった。
これまでの戦闘は、姉がモンスターを殲滅する様を見ているだけの傍観者に過ぎなかった俺。しかし今初めて、”プレイヤー”として戦い、勝利したのだ。実に清々しい気分である。
俺はキラーラビットや山菜の入ったカゴを肩に担いで、キャンプに帰還した。
「でもこれ一匹じゃあ、二人分の食事にはならないよな」
せめてもう一匹狩れれば良かったのだが、情けないことに今はこれが精一杯。
「ま、俺は一食くらい抜いても平気……ん? キャンプ地から香ばしいニオイが……?」
マヤ姉が待っているはずのキャンプに近付くと、肉の焼ける美味しそうな匂いが漂ってきた。
「おかえり、朝陽」
マヤ姉が笑顔で出迎えてくれる。
その右手に持っているものは、漫画で見たことあるような巨大な肉……所謂、マンガ肉であった。