姉モーゼ
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。
5/12に4巻が発売されました。よろしくお願いします!
砂浜でいちゃつくカップルを屠らんと、勢いよく飛びかかってくるサメ。
いや我々はいちゃつくカップルではなく、弟を襲うブラコン姉さんとそれに抵抗する弟という、無害な組み合わせなんですけど!?
「『クリムゾンブレイズ』!!」
後方から灼熱魔法が放たれ、サメが爆散する。
「カッカッカ! 他愛ないのう!」
俺たちの窮地を救ったのはキルマリアであった。
窮地と言っても、まあマヤ姉ならばまったく問題なく対処していたろうけども。
「これ! マヤ、アサヒ! わらわを置いて海水浴とはどういう了見じゃ!」
「お前がグースカ寝ていて起きなかったんだろう。それとこれは海水浴じゃない、クエストだ」
我が家で寝ていたキルマリアを置いて、俺とマヤ姉はルペルカーリア海岸沿いへとやってきたのだ。
しかしもう誰もツッコまなくなったけど、人ん家に勝手に住み着いてる魔王六将ってなんなの。
事のあらましを聞いたキルマリアは「ほう、サメか!」と嬉しそうに言った。
「なんでそんなに嬉しそうなんだよ、キルマリア?」
「サメ肉はいい酒の肴になるんじゃよ」
「ああ、なるほど。サメなら食糧にもなるな……一石二鳥だ」
その話を聞いて俺はぎょっとした。
モンスター飯の悪夢、再び!?
サメよ出てくるな……そう願ったときにお約束のように現れるのがヤツらである。
三体の尾びれがこちらへ近付いてくる。
「来たな! 今晩のおかず!」
「いやだあああ!!!」
「カッカッカ! しかも三匹じゃ、酒が進……む?」
現れた三体のサメを見て、俺たち三人は唖然とした。
ファイアーシャークがあらわれた。
ストーンシャークがあらわれた。
ファントムシャークがあらわれた。
三体のサメはそれぞれ、炎の身体を纏ったサメ、全身が石のサメ、霊体のサメといった変わり種であった。
食える部位など到底あるようには見えない。
「サメの亜種!? 炎、石、霊体……異世界のサメは何でもアリかよ!?」
まるでB級サメ映画の世界のようだ。
ふうっと溜息を漏らすのは、マヤ姉とキルマリア。
「これは…」
「さすがに食えんのう」
「『姉ブリザード』!」
「『レッドデッドクロウ』!」
マヤ姉がファイアーシャークを氷漬けにし、キルマリアがストーンシャークを爪の刃で粉々にする。
さすがチート級の二人、瞬殺だ。
って、残るもう一体のファントムシャークがこちらに向かってくるんですけど!?
「え!? え!? や、役割的にこの霊体のサメ、俺がやんの!? ちょっ待っ…『フラッシュ』!!」
俺は咄嗟にフラッシュを放ち、ファントムシャークを光で消し飛ばした。
本来はダンジョン探索用魔法なのだが、目くらましに霊体撃退にと、なかなか汎用性が高い。
「な、なんとか倒した…」
俺はへたりと砂浜に座り込んだ。
「カッカッカ! 光魔法で消し飛ばすとはやるのう、アサヒ!」
「やったな、朝陽。さすがゴーレム級に昇級しただけはある」
心臓バクバクの俺に優しい声を掛ける人外姉ちゃんズ。
「し、心臓に悪い……俺が弱いの知ってんの二人だけなんだから、勘弁してよ……」
すると、尻をついている砂浜部分がもこりと盛り上がる。
「ん?」
サンドシャークがあらわれた。
砂の中から何と、またも亜種のサメが現れたのだ。
「のわあああああ!?」
サメの鼻っ柱で吹っ飛ばされ、俺は数十メートル彼方の海中へ落とされてしまった。
「朝陽!!」
「貴様、よくも! 燃え散れ!」
キルマリアがすかさずサンドシャークを燃やし尽くす。
「ごぼごぼごぼ……ごぼ!?」
海の中に落とされた俺は、そこで目の当たりにした光景に絶望する。
人間の血肉を求めるサメが何十匹とそこにいたのだ。
「ごぼごぼごばあぁぁぁ(絶体絶命ー!!)」
☆
朝陽の身を案じ、キルマリアが焦っている。
「い、いかん! わらわが空を飛んでアサヒを助けに……む!?」
自分の背後でとてつもない魔力の胎動を感知し、振り返るキルマリア。
すると真夜が両腕を前に掲げ、魔力を溜めていた。
両の手の平からバチバチと電撃がほとばしる。
それと同時に、海が騒がしくなる。
「な、なんじゃ…? 真夜の魔力に呼応するように、海がざわめいて……?」
前方に掲げた腕を、まるで引き戸を開けるように、ゆっくり両サイドに開いていく。
その動きにリンクするように、海の流れも中心を境に分かれていく。
「海よ、開け! 『姉モーゼ』!!」
次の瞬間、海が割れた。
モーゼという名の通り、モーゼの十戒よろしくパックリとふたつに分かれたのだ。
「海を割ったぁ!?」
これにはさしもの魔王六将も驚きを隠せない。
「ふう……骨が折れる作業だった。」
「そういうレベルじゃないわい! おまっ…バケモンかえ!?」
「魔王軍にバケモノ呼ばわりされるとは心外だな」
海が割れたおかげでサメからの襲撃を免れた朝陽は、地面に座りながら苦笑いを浮かべていた。
「あ、相変わらずチート過ぎるよ、マヤ姉……おかげで助かったけど」
水を失ったサメたちは、呼吸困難になりながらピチピチともがいていた。
姉モーゼで開かれた陸路を歩き、真夜たちがいる砂浜へと戻る朝陽。
「助かったよ、マヤ姉。サメたちは海が戻った途端、猛ダッシュで逃げてったね」
「これだけ恐ろしい目に遭ったんじゃ、もうこの海辺に近付くこともないじゃろ」
無事すべてを解決した三人。
「しかしキレイな海だ……今回は仕事だったが、今度はバカンスで来よう」
「そうだね、みんなにも声掛けて」
「カッカッカ! それは楽しみじゃ」
☆
後日。
俺はクエスト報酬を受け取るために冒険者ギルドへとやってきた。
応対してくれるのはいつものようにターニャである。
「ゴーレム級に昇級して最初のクエスト、お疲れ様っす! アサヒくんに頼んで正解だったよー」
「お、おう」
解決したのはマヤ姉とキルマリアだけどね。
「あ、そうだ。今度あの海に遊びに行かないか? 弟のロイ君も誘ってさ」
「いいっすね! あ、でも…」
ターニャの表情が曇る。
「あの浜辺、結局遊泳禁止になっちゃったんだ」
それは驚きの情報だ。
「ゆ、遊泳禁止!? サメはいなくなったのになんで……」
「海が割れる天変地異が起きたって話っす…!」
ターニャが迫真の表情でそう言う。
俺は「うぐ!」と言葉に詰まる。めちゃくちゃ身に覚えがある事象だからだ。
「近隣住民が遠くからその光景を見たって……。いや、眉唾なんすけどね。海が割れるなんて普通有り得ないし」
「…………」
「でも海神様の怒りに触れた可能性もあるからって、遊泳禁止に……海の生態系、人間の都合で乱しちゃダメって教訓かもっすね」
「そ、そうね」
俺は額から滝のように流れる汗をぬぐいながら、同意した。