サメをなめちゃあいけない
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。
コミカライズ1~3巻発売中です。
「アサヒくん、海とか行きたくないっすか?」
ある日冒険者ギルドへ行くと、ターニャが俺にそう話しかけてきた。
「う、海!? 俺に言ってる!?」
「うん、もちろん」
ターニャは微笑みながらそう答える。
陰キャに生まれて15年。
海などという陽キャスポットとは無縁の生活を送ってきたのだが、ついに女の子から海に誘われるようになったか。
ターニャは小麦色の肌が特徴的な黒ギャルだ、さぞ水着姿も映えることだろう。
俺も水着を新調しないとな。
「お、おう! いいよ、行く行く」
「良かった! じゃあサメ退治のクエスト、お願いするね!」
「…………え?」
何だか雲行きがおかしくなってきたぞ。
☆
青く晴れ渡った空、澄んだ海、白い砂浜。
美しいビーチであったが、しかし、水着姿の人の気配などはない。
いるのはフル装備の俺とマヤ姉だけだ。
「閑散としているな。ここがクエスト依頼の場所か」
マヤ姉が言う。
「ルペルカーリア海の海岸沿い……サメが人を襲ったせいで、遊泳禁止になったんだって」
そのサメを倒して欲しいという依頼を受け、俺たちはこうして海へとやって来たわけだ。
オタクを海に誘う優しい黒ギャルなんていなかったんだ。
マヤ姉は何やら首を傾げている。
「どうしたの、マヤ姉。何だかあまり気乗りしてないみたいだけど」
「”ビーチを襲ったサメ型モンスターを退治して欲しい”……だったか。現実世界では恐ろしい存在だが、ここは異世界……ワイバーンやドラゴンがいる世界では、サメなどたいしたこともないのではないか?」
確かに空想上のモンスターが跋扈する世界において、サメは珍しくもない相手だ。
しかしだからといって、たいしたことないというのは間違いだ。
俺は指をチッチッと振った。
「分かってないな、マヤ姉……サメをなめちゃあいけない!」
「サメと言えば動物型パニックムービーの始祖! “G”(ゴキブリ)と同じく、遺伝子レベルで人間に染みついている恐怖の対象なんだ! 海中での脅威はもちろん、最近ではトルネードと共に市街地へやってくるなど、陸の上でもその猛威を振るう恐ろしい相手で……」
実はB級映画鑑賞が趣味でもある俺、オタク特有の早口が止まらない。
最後の一文など、もはやシャーク○ードである。
「ほう、今のサメはそこまでの進化を?」
マヤ姉が感心そうに頷いている。
弟の言うこと為すこと、基本肯定から入る懐の広い姉である。
しかし浜辺で小一時間ほど待っていても、サメの姿は見当たらない。
海中の相手だ、陸で待っていてもラチが空かないのか。
俺はマヤ姉が作ってくれたサンドイッチを頬張りながら、ただただ海を眺めていた。
もはやピクニックである。
まあでも、たまにはこういうのんびりした時間も大切だろう。
「倒すべきサメは何匹もいるんだったか? ほら、お茶」
マヤ姉が水筒からお茶を注ぎながら、訊いてくる。
「ありがと。えーっと、ターニャが言うには十数匹はいるとか……でもまだ一匹も見当たらないね」
「私が海に入っておびき寄せるか?」
「いや、それは危険すぎるって! ダメダメ!」
いくら我が姉がチート級だとしても、そんな危険な真似はさせられない。
「サメ博士。サメはどうやったら現れるものなんだ?」
サメ博士に任命されてしまった。
いや俺も低予算B級映画が好きなだけなんですけどね。
「サメ映画でサメが出てくるパターンか……カップルがイチャついてるところで襲ってくるのは、いにしえからのサメ映画あるあるだけど」
「それはいいことを聞いた!」
「は?」
ゾッと身の危険を感じる。
それはサメではなく、実姉によるものであったが。
マヤ姉は俺の上から覆い被さると、そのまま砂浜へと押し倒した。
「ならサメをおびき寄せるために姉とイチャつこう! いやいや、これは演技だから! 作戦だから仕方なーい!」
仕方ないという割にはメチャクチャ乗り気である。
真に迫った演技……いやこれ演技じゃねえ!
マジのヤツだ!
だってこの姉さん、目を血ばらせてヨダレを垂らしているんだもの!
「演技過剰だよ! マヤ姉ぇぇぇ!!」
ザッパアアアアン!
そこに、お約束に導かれるように巨大なサメが襲いかかってきた。
「む!? いいところで!」
「どわあああ! ホントに出たあああ!!!」
軍場姉弟を飲み込まんと、大口を開けて飛び込んでくるサメ。
絶体絶命である。