投石:レベル2
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。
コミカライズ1~3巻発売中です。
モンスタークラブに攻撃を仕掛けるも、甲羅にあえなく弾かれる。
「かった…! こっちの手が痺れる…!」
「こっちにカニ型モンスターがいるぞ!」
「かかれ、みんな!」
スライム退治や住民の避難をしていた冒険者たちが、騒ぎを聞きつけ続々駆けつける。
「増援! 助かる!」
しかし大勢でどれだけ攻撃をしても、やはりモンスタークラブには通じない。
堅い装甲を誇るモンスタークラブに四苦八苦していると、聞き覚えのある声がしてきた。
どこから?
上空からだ。
「たあああああ! 『グレイスフル・ストライク』!!」
その声の持ち主は身の丈ほどもある大剣を振るうと、モンスタークラブに強烈な一撃を食らわせ昏倒させた。
生半可じゃない攻撃力の持ち主……パワー全振り令嬢の、グローリア・ブリガンダインであった。
グローリアに喝采を送る冒険者たち。
「貴女はグローリア・ブリガンダイン!」
「すげえ……これがゴーレム級の強さか!」
「グローリア様、今日もお美しい…!」
そんな喝采を、倒したカニの上で仁王立ちしながら気持ち良さげに浴びているグローリア。
「いいですわ、いいですわ! この喝采、実に良い! わたくしが来たからにはもう安心……って、アサヒ!?」
「よ、よう」
どうやらグローリアは俺の存在に気付いていなかったらしい。
「あわわ! こ、心の準備が……!! きゃっ!」
よほど驚いたのか顔を上気させ、グローリアはカニの上で体勢を崩し、そのまま前のめりに地面に落ちてきた。
「危ない、グローリア!」
俺はグローリアの落下地点へ素早く移動すると、なんとかその身体を抱きかかえた。
「あ、ありがとう……!」
クオンの顔がさらに赤くなる。もしかして熱でもあるのかな。
「ナイスキャッチです、アサヒ氏」
いつの間にやって来たのか、メイドのクオンが無表情のままパチパチと拍手をしている。
「い、いたのかクオン……! て、手伝ってくんない? お、重くって……!」
女性に対して重いは失礼かもしれないが、グローリアはフルアーマー装備なのでマジで重い。
というかこんな重装備で、あんな軽やかに動いていたのか。このお嬢さまの身体能力、どうなってるんです?
俺はこれまでの経緯と今の状況を、かいつまんで二人に説明した。
「なるほど、スライムのコア……」
「それを破壊せねばなりませんのね」
「ああ、でも二人がいるなら何とかなりそうだ」
二人はきょとんとした顔をしている。
☆
忍者さながら、街を屋根伝いに移動するクオン。
頭の中で、先程朝陽が指示した言葉が反芻する。
(クオンは俊敏で観察眼にも長けるだろ? 屋根伝いに移動しながら、スライムのコアを上から探して欲しいんだ。)
クオンが苦笑する。
「やれやれ……お嬢に負けず劣らず、人使いの荒い方だ」
クオンの瞳に、バチバチッと電撃が走る。
「スキル『鷹の目』!」
周囲の背景が暗転し、スローモーションになる。
その名の通り鷹の目のように、ありとあらゆる情報を視覚で捉える探索能力だ。
B区画の路地裏、ない。
川沿いの鍛冶屋通り、ない。
歓楽街の広場、ない。
旧市街地の工房前……あった。
そこには確かに、煌々と輝くスライムのコアらしきものがあった。
場面は朝陽とグローリアが待機している地上班へと切り替わる。
二人は空に揺らめく煙を視認する。
「クオンの狼煙ですわ!」
「コアを発見したんだな。さすが有能メイド!
狼煙の場所へ向かう道中で、ジークフリートが前回倒した大型スライムが現れる。
足止めだろうか。
「うお!? またコイツか!」
瓦礫を吐き出す攻撃を、グローリアが大剣ではねのける。
「ちょこざいですわ! コアを発見されて焦ってるようですわね!」
再び場面はクオンの方へと戻る。
「お嬢とアサヒ氏を待つまでもない……私がコアを破壊してしまえば、それでおしまい」
屋根からコアめがけて飛び降り、ダガーを構える。
しかし。
「む!?」
コア部分のスライムが、ゴムのように上空へと伸びていく。
その様子を、離れた場所からも確認した朝陽とグローリア。
「コアを含んだスライムが天高く伸びていきますわ!?」
「あれじゃあ攻撃が届かないぞ!? どうすれば……」
魔法を使うか空を飛べさえすれば攻撃も可能だが、生憎このメンバーには魔法使いも羽の生えた天使もいない。
そのとき、グローリアが異変に気付く。
足下のスライムが、波が引くように少しずつ減っていっているのだ。
「アサヒ! 足下のスライムが波のように引いていきますわよ!?」
「水位が下がっていく……なんだ? 川にでも吸い込まれているのか?」
「どちらにせよ好機です。コアを含んだスライムの高度も、引きずられるように下がっていく」
いつの間にか合流してきたクオンが、空を見上げながら呟く。
「ただそれでも、私を持ってしてもあの高さではまだ届きません」
朝陽が何かを思いついたような顔をする。
「あの高さなら一か八か……! グローリア、俺を飛ばしてくれ!」
一瞬何の事かと目を丸くするも、すぐに意図を理解し、ニヤリと笑うグローリア。
「応! ですわ!」
朝陽が軽くジャンプをすると、グローリアはその朝陽を弾き飛ばすかのように、大剣の腹でフルスイングをした。
「うおおおおおお!」
コアと同じ高度まで達する。
下ではグローリアとクオン、ジークフリート、ソフィと漆黒の旅団などが見守っている。
「『投石:レベル2』!!」
伝家の宝刀、投石を放つ。
コアへと一直線で向かう石つぶて。
「狙いはバッチリです!」
「いっけぇ!」
ソフィと漆黒の旅団が声援を送る。
しかしコアが投石を察して、少し下へと移動する。
「コアが動いた!? くっ、避けられたか…!」
ジークフリートが悔しがる。
「当たれええええ!」
朝陽がそう叫んだときだった。
投石の軌道がガクンと縦回転で落ちる。
「落ちた!?」
グローリアとクオンがその軌道を見て驚きの声を上げる。
移動したコアを追尾するように落ちた石つぶては、見事、スライムのコアに命中。
コアは弾け飛び、街中を浸水したスライムは、始めから何も無かったかのように霧散したのであった。
「おお! スライムが消えたぞー!」
「街は救われたんだわ!」
「やったああああ!」
街中の人々が喜びの声を上げている。
その声を浴びるべき人間である朝陽は、木に引っ掛かって逆さまになっていた。
「着地のこと何も考えてなかった……し、死ぬかと思った……」
そして先程の投石スキルのことを思い返す。
「投石レベル……変化球になるってことだったのね。よもやフォークになるとは……」
そしてもうひとつ、不思議に感じたことを口にする。
「にしても、急にスライムの水位が引いたのは何だったんだろ……? あれのおかげで助かったけどさ」
☆
街の中でも閑散としている場所に、その二人の姿はあった。
真夜とキルマリアだ。
二人は遠く市街地の方から聞こえる喜びの声を受け、状況を理解する。
「この歓声……終わったようだな」
「みたいじゃのう」
「私の手を借りずとも災害級のトラブルを解決……ふっ、さすが私の弟だ。あとでたっぷりなでなでしてやろう!」
真夜のその言葉を聞き、笑みをこぼすキルマリア。
「ふうん? “これ”は手助けにならんのかえ?」
足下を指差す。
二人の足下にはまるで隕石でも落ちた跡かのような、巨大な大穴が開いていた。
スライムがそこに流れ込んだ形跡も見える。
どうやらスライムの水位が下がったのは、この二人が地面に大穴を開けたおかげのようだ。
しかし真夜は知らん顔。
「スライムの水位が下がったことなど、私は知らないな」
「カッカッカ! そうじゃな、わらわも知らんわ!」
そう言って、笑い合う。
スライム大水害の対処に尽力したことを高く評価され、朝陽は”オーガ級”から”ゴーレム級”への昇級が認められたのであった。