推しのジュリオくん
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。
コミカライズ1~3巻発売中です。
引き続きコアを探すために、スライムで浸水した街の中を奔走する。
奔走と言うより、右往左往と言った方が正しいかもしれない。手がかりもないまま、ただ有耶無耶に走っているだけだから。
「ぜえ、ぜえ……マヤ姉とキルマリアを呼ぶか……?」
しかし二人に待機を命じたのは他ならぬ俺だ。今さら助けを求めるのは格好が悪い。
それにあの二人の場合、スライムを根絶やしにするために街ひとつ破壊しかねないからなぁ……
「きゃあああ! 助けてぇー!」
「ママー!」
遠くで、巨大なスライムに襲われている親子を見つける。
見て見ぬふりもできる距離ではあるが、しかし。
「ああもう! コアを探す! 街の人も助ける! 両方やらなくちゃあならないってのが辛いところだな!」
俺は駆けだした。
ジークフリートさんが倒したのと同じサイズのスライムだ、俺がソロで倒せるとは思わないが、住民を逃がす時間稼ぎくらいはできるだろう。
しかし俺が駆けつけるより早く、巨大な火の柱がスライムを覆った。
「地脈駆け巡る炎の渦よ。その紅き灼熱で対象を焼き尽くせ!『ピラーオブファイア』!」
円柱ならぬ炎柱がスライムに突き刺さり、蒸発する。
ジークさんが放ったスキル『アストラルブレード』同様、一撃でスライムを屠ってしまった。
「炎魔法……!? まさか、キルマリアか!?」
しかし魔法を放ったのは、かつて一度だけ見たことがある意外な人物であった。
助けられた親子が、命の恩人に礼を言う。
「ありがとうございます! ミモザ様!」
「ふふっ、いいのよ、早く逃げなさい」
妖艶な魔女服に身を包んだ大人の女性。
以前、ジークフリートさんの横に並んで、壮行式で送り出された人だ。
クラン”バルムンク”のソーサレス、ミモザ。
ジークさんと同格と考えると、彼女もドラゴン級なのだろう。
並の冒険者では歯が立たない巨大スライムを秒殺とは、さすがである。
「ブツブツ……」
「ん? 何か言ってる……?」
そのミモザさんが、何やら独りごちている。
「スライム大水害とかいうののせいで、行きつけのホストクラブも閉まっちゃったじゃない…! 今日は推しのジュリオくんに貢ぐ予定だったのに! 許せない……私が根絶やしにしてやるわ!」
めちゃくちゃ世俗に染まりきったお姉さんであった。
そういえば前にジークさんが、”男好きのミモザはクランの金を使って連日ホスト通い”と言っていたっけ。
ジークさんも酒やギャンブルに溺れているし、バルムンクのメンバー、なんでみんな俗っぽいん?
「ま、まあいいや。あの強さなら、この区画はミモザさんに任せれば大丈夫だろう」
俺は再びコア探しに戻った。
「そうだ、高いところから見下ろせばいいんじゃないか?」
闇雲に走っていてもラチが空かない。
俺は近くにあった街路樹によじ登った。
「わぷっ。なんだ?」
木をよじ登っていると、柔らかい臀部のようなものに頭がぶつかった。
見上げると、それは”ようなもの”ではなく、人の臀部そのものであった。
「木の上に先客がいた!?」
「な、なんだアンタぁ!? ここは俺が見つけた安全地帯だ! アンタは降りろぉ!」
男は駆け出しの冒険者のようであった。着ている装備品がどれも安価な物だから、間違いない。
男は怯えきった表情をしている。
「ま、待った! 俺はただ、ここから探し物をしたいだけで……」
「嘘だ! アンタもあいつから逃げているんだろう!? カタくてデカい、あいつから……」
「カタくてデカい? 一体、何をそんなに恐れてるんだ?」
どうやらスライムとは違う相手のようだが。
そのとき、ズシンズシンと、何か巨大な物体が近付いてくる音と地響きがした。
「き、きたあああ! カニだぁぁぁ!!」
「カニ!?」
それは確かにカニであった。カニ型モンスター。
ただサイズが、軽自動車くらいあるカニだ。
ダークソ○ル3で見たことあるぞ、このサイズ感。
デカすぎて、もう造型がキモいんですけど!?
カニは俺たちがよじ登っている街路樹の前まで来ると、その大きなハサミで根元から木を切り払った。
「うわあああ! 倒れるぞー!!」
「ひいいい!!」
二人とも地面に落ちる。
幸か不幸か、地面はスライムで浸水しているため落下ダメージはなかった。
「なんでこんなところにカニが!? 水害の影響で、川か海から湧いて出てきたのか!?」
「モ、モンスタークラブだ! み、みんなコイツにやられちまったんだ! 守りが堅くて、刃が通らなくて……」
木登り仲間の駆け出し冒険者の顔が、恐怖で引きつっている。
なるほど、コイツから逃れるために、木の上に登っていたわけか。
柔のスライムとは真逆の、剛のモンスタークラブ……
また手強そうな相手である。
生半可な攻撃力ではダメージは通らなさそうだ。