肉の壁
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。
コミカライズ1~3巻発売中です。
「はあ、はあ、はあ……つ、疲れた……!」
ジークフリートさん曰く、「スライムを倒すには、コアを破壊するしかない」
その言葉を信じ、スライムのコアを探すべく街を奔走している俺だが、どこにもそれらしきものは見当たらない。
そもそもコアってどういう形をしているんだろう。イメージ的には水晶玉みたいなものを思い浮かべるが。
「スライムのコアってどこにあるんだよ……!? 街中走り回れってか!?」
「ママー! こわいよう!」
「よしよし、坊や…!」
「女子供は家から出るな! スライムから身を守るんだ!」
「ごぼごぼぉ! い、息が…ごぼ、できない…!」
「待ってろ! 今助けてやる!」
方方から住民たちの悲鳴が聞こえてくる。
スライムと言っても、市民にとっては魔物も魔物……冒険者以外の人たちからすれば、十分脅威だろう。
「被害が拡大する前に早くコアを探さないと……!」
俺は再び街を走り始めた。
「いてえ! いてえよう!」
また一人、泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
「……ん? この声は……」
それは聞き覚えのある濁声であった。
「何やってんのよ! 泣きわめいてないで早く逃げるわよ! 」
「ま、待ってくれよ! 痛くて走れねーんだ!」
「ど、どうする? 俺たちだけでも逃げる?」
「ま、待てよ! 俺はこの漆黒の旅団のリーダーなんだぞ!? 置いていくヤツがあるか!」
リーダーを名乗るファイターと思しき男。
化粧の濃い女ウィザード。
小柄な男シーフ。
それはいつぞや邂逅したクラン、”漆黒の旅団”であった。
漆黒の旅団はソフィが以前参加していたクランで、一悶着の末にソフィは脱退。この三人はマヤ姉に秒で昏倒させられた。
こうして姿を見かけるのはその時以来だ。旅団を名乗っている割に、相変わらず3人しかいないようだ。
どうやらリーダーの男は、避難している途中でスライムにやられたらしい。
負傷して座り込んでいる。
「いてえよー!」
リーダーの男が泣き叫ぶたびに、周囲の市民たちに不安が広がっていく。
武具を装備し、モンスターとの戦闘経験もあるであろう冒険者ですらこの有り様とあっては、市民も恐怖が倍増することだろう。
「! あれは……」
リーダーの男に向かって、ひとりの少女が近付いていく。
彼女は男の前で膝をつくと、魔法を詠唱し始めた。
「その傷、癒やしたまえ……『ヒール』!」
「あ、あれ…どんどん痛みがやわらいで……って、おまっ、ソフィ!?」
リーダーの男が目を丸くする。
それは漆黒の旅団と因縁があるソフィであった。
色んな所で傷ついた兵士たちに回復魔法を唱えてきたのだろう、ソフィは疲労困憊の様子であった。
「はあ、はあ……」
顔色も悪く息は上がり、魔法も絞り出すように放っている。
「あ、あんた、ソフィじゃないか!」
「ど、どの面下げて現れたんだ!?」
ウィザードの女も男シーフも驚いている。
そういえばこの三人、ソフィから「指示も出さずに特攻するしか能がないダメリーダー」「詠唱時間長い割にたいした火力も出せない厚化粧ウィザード」「トラップ解除もろくにできないなんちゃってシーフ」と評されていたな……確かに、どの面下げてと言いたくなる気持ちも分からないでもない。
「はあ、はあ……も、もうじき回復し終わります……! もう大丈夫ですから……」
「ソフィ、あんた……どんだけ回復して回ってるんだい!? フラフラじゃないか!」
同じ魔法タイプとして、女ウィザードは今のソフィの状態が分かるのだろう。
リーダーの男が、回復されている状態にもかかわらず激昂する。
「て、てめえ! 俺を回復して恩を売ろうったって、そうはいかねえぞ!」
恩知らずが放つその怒声に、ソフィはさらに怒声と罵倒を被せてきた。
「うっさいです! 冒険者がピーピー泣いていたら、街の人たちがより不安がるでしょう!? 痛くても虚勢くらい張ってて下さい、このダメダメクランのダメリーダー!」
罵倒……いや、正論パンチを食らい、ビクッとなる三人。
ソフィは駆け出しの身だし、トラブルメーカーでもあるけれど、冒険者としての矜持はしっかり持ち合わせているようだ。
正直、感心した。
「ふう…治癒完了です」
ソフィは額の汗をぬぐう。
「私は他の怪我人も治しに行かないと……」
俺はソフィに近付き、肩をポンと叩いた。
「頑張ってるな、ソフィ」
「あ! 勇者さま!」
朗らかな笑顔を見せる。
トラブルを運ぶ性質と、悪意なく飛び出す毒舌さえなければ、普通に可愛いヒロイン候補なんだけどね、この子。
「俺は今、スライム大水害の大元を叩くために街中を奔走してるんだ」
「さすが勇者さまです! 目先のスライムではなく大局を見ていますね!」
ジークフリートさんの助言あっての大局だけども。
「では私もご同行させてください!」
「いや。ソフィはここで怪我をした人たちの救護をしていてくれないか? この様子じゃ、怪我人もどんどん増えそうだ」
「救護……そうですね、ヒーラーの私だからこそ出来る役目ですもんね。はい、任されました!」
ソフィは素直に快諾した。
「…………」
漆黒の旅団の三人が、何やら互いに顔を見合わせている。なんだろう。
「あ、あー……コホン! な、なら俺たちがコイツの警護、してやんよ」
リーダーの男が照れながらそう言う。
「あと街の人らも守らなきゃだね。あたしら、戦えんだし」
女ウィザードがそう言うと、男シーフもコクコクと頷く。
ソフィにゲキを飛ばされ、この三人も思うところがあったのだろう。
逃げるなどということはもう頭になく、街の人たちを助けるために動く決意をしてくれたようだ。
「そ、そうか。頼んだ!」
「おうよ。こっちは俺らに任せて、アンタは大元探し頑張れんな!」
三人はグッとサムズアップをした。
そんな三人に、ソフィも笑顔で声を掛ける。
「ありがとうございます! “肉の壁”として守ってくださいね!」
「「「他に言い方あんだろぉぉぉ!?」」」
ソフィによる悪意も容赦もない激励に、一斉にツッコミを入れる漆黒の旅団であった。