乙女のキッス
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。
コミカライズ1~3巻発売中です。
バジリスクの視線を食らい、石化してしまった俺こと軍場朝陽。
そこまではいい。良くはないけど、まあこの際いい。
問題なのは、俺の意識があることである。
石化したら失神状態になるのかと思いきや、意識がある上で身体が動かせない状態なのが驚きである。
“石”なのに”意思”があるってか。
やかましいわ。
そんな俺の心中など知る由も無いマヤ姉が、石化した俺を舐め回すように観察している。
「息吹や意思すらも感じられるようだ……ミケランジェロ作のダビデ像にも劣らぬ精緻さではないか?」
興奮混じりの吐息が俺の頬に触れる。近い近い。
天井からパラパラと小石が降ってくる。
そういえば、いまだダンジョン内にいるんだった。
「崩落や地割れに巻き込まれでもしたら大変だ。ひとまず家に持ち帰ろう」
マヤ姉がヒョイッと、石になった俺を担ぐ。
かなり重いはずなのだが、そこはさすがのチート姉さん。エコバッグを担ぐくらいの手軽さである。
がに股気味の脚が、マヤ姉の肩の所にちょうど掛けやすくなっている。
「む! このフィット感……運びやすさも可愛いぞ、朝陽!」
どういう褒め方ですか、それ。
☆
家へと帰ってきた俺たち姉弟。
リビングの中央に俺を置き、マヤ姉が再び思案しだした。
「さて、どうすれば石化が治るのか……」
道具屋に行って石化を治す薬を買うか、キュアストーンの魔法を使えるヒーラーを連れてくるんだ。
この気持ちを伝えられたらどんなに楽か……
「そうか!」
マヤ姉が何かを閃いたようだ。
「添い寝すれば治るかもしれない!」
治るかあああ!
俺は脳内でツッコミをいれた。
「そうか!」
マヤ姉がまた何かを閃いたようだ。
「お湯に浸ければ治るかもしれない!」
俺は冷凍食品かあああ!
俺は再び脳内でツッコミをいれた。
「ついでに私もお風呂に入るとしよう。ダンジョンに潜ったせいで土埃だらけだ」
え。
チャポン。
石になった俺は、気付けばマヤ姉と混浴していた。
「はは、温まるなぁ……疲れが癒える」
マヤ姉が気持ちよさそうにお湯に浸かっている。
俺もまた、石化状態ではあるがお湯に浸かっている。
目のやり場にめちゃくちゃ困るよ!
目を閉じることもできないし、顔背けることもできないし!
マヤ姉の全裸、めっちゃガン見しちゃってるじゃん、俺!
そりゃあ俺が中学に上がる前までは一緒にお風呂に入っていたけれど、その頃はまだ恥じらいもなかったからなぁ。
さすがに思春期になったら、恥ずかしくなってやめたけれど。
いやしかし、我が姉ながら暴力的なプロポーションをしているな。
マヤ姉が急に立ち上がり、俺の前にやってくる。
両手を俺の頬に添え、じっと観察する。
「ふむ……石化が治る気配はない、か」
正面に立たないで下さい!!!
お風呂から上がった俺とマヤ姉。
「ふう、良い湯だった。石化状態とはいえ、朝陽と一緒にお風呂に入るなんて何年ぶりだろう」
マヤ姉はご満悦のようだが、俺にとっては拷問に等しい時間だった。
これが生殺しというヤツか。
「こうなったら、もう奥の手しかないな」
奥の手?
これ以上なにか責め苦が?
「乙女のキッス」
マヤ姉は唇を尖らせながら、そんなことを言い始めた。
それはトードの状態異常を治すアイテムだよ!
ファイ○ルファ○タジーの話だけども!
「呪いを解く方法と言えば、王子様のキッスと昔から相場は決まっているんだ! さあ朝陽、姉のキッスを存分に受け取るがいい!!」
マヤ姉が俺を押し倒し、その唇を奪おうとする。
誰か助けてー!
願えば希望は叶うものらしい。
「なにしとるんじゃー!!」
「ほぐあ!?」
キルマリアが乱入してきて、フライングクロスチョップをマヤ姉に浴びせた。
「何しに来たんだキルマリア!? 私はチューで、朝陽の石化を治してやろうとだなぁ」
「そんなんで石化が治るわけなかろう! 邪な気配を感じて馳せ参じてみれば、こんなことになっていたとはのう」
魔王軍に邪な気配を感じさせるって、相当ですよ、姉さん。
キルマリアは俺の目の前へやってくると、手の平をかざして魔法を唱え始めた。
「『トータルヒーリング』」
パキパキと音を立てて、俺を包み込んでいた石が剥がれていく。
「おお、石化が解けていく! キルマリア、回復術も使えたのか!?」
「状態異常を使ってくる小賢しい冒険者も多いからのう。大抵はレベル差によって無効化できるんじゃが、万一に備えて覚えおったのよ」
石化状態が治った俺は、ヘナヘナとその場に座り込んだ。
「や、やっと座ることが出来る……助かったよ、キルマリア」
「カッカッカ。意識を残したまま石になるのはキツかったろう、アサヒ」
その言葉に、俺とマヤ姉が同時にハッとする。
「朝陽、意識があったのか!? ということは、お風呂の時も……」
「い、いやいや! 俺、悪くないからね!? マヤ姉の裸だって、別に見ようと思って見たわけじゃないし!」
俺は必死に弁明したが、そもそも弁明が必要な姉ではなかった。
マヤ姉は再び俺を押し倒した。
「じゃあこれからもお姉ちゃんとお風呂入ろうか!? 一度入ったら、もう何度入っても一緒だろう!」
「予想通りの反応ぉぉぉ!」
「何の話しとるんじゃ、おぬしら?」
状況が分からないキルマリアだけが、ただただ首を傾げていた。
☆
「まったく、恥じらいのない姉だよ」
朝陽は呆れながら、そう言った。
「はは、まあな。さて、私は夕食の支度でもしようかな」
真夜がキッチンへと移動する。
「ときにアサヒよ、お礼とかないのかえ? 酒代とか……」
「また酒かよ!?」
そんなやり取りをしている朝陽とキルマリア。
「…………っ」
真夜は二人の視界から外れると、両手で顔を覆った。
その顔は上気して真っ赤になっていた。
「み、見られたのか……私の裸を……!」
弟に裸を見られたことを、しっかり恥ずかしがっている乙女な真夜であった。