酔い覚ましの散歩
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。
コミカライズ1~2巻発売中です。
トゥエルフスナイト平原を抜け、レアな植物が咲くという奥地へと入る。
道中に出現したモンスターはキラーラビットやスライム程度の、俺でも対処できる相手であったために助かった。
強敵と出会ってしまったら、ソフィに俺の弱さとマヤ姉の強さがバレかねないから。
「ずいぶん歩きましたねー」
ソフィがそう言う。女の子にとっては結構な距離を歩いてきたから、疲れもあるだろう。
「大丈夫か、ソフィ」
「へっちゃらです! こう見えて体力には自信があるんですよ?」
確かに俺を捜すために毎回街中を奔走しているようだし、体力値はムダに高そうだ。
むしろこの三人……俺、ソフィ、マヤ姉の中で、男の俺が一番体力ないまである。
まあでも、ほら。
今は男だから○○、女だから○○という時代でもないですし。
ねえ?
「私のステータス、見ますか? VIT値が意外にあって…」
ソフィがステータスを開示しようとする。
「い、いや! 見せなくていい! そういうの、プライバシーなデータだろ!?」
「そうですか?」
流れ的に俺もステータスを開示しなければならない予感がしたので、必死になって止める。
あんなこじんまりとした七角形グラフを見られたら、ランク詐称がバレバレである。
「む? 分かれ道だ」
先頭を歩いていたマヤ姉が前方を指差しながら言った。
道が二手に分かれている。
右は森の中、左は谷の方へと続いているようだ。
「私の杖占いの出番ですか!?」
ソフィが意気揚々と杖を持ち出す。
「出番無いから。しまえしまえ」
「クエストの期限は今日中だったか。二手に分かれた方が賢明だな」
「そうだね」
「戦力的に言えば、そうだな……私が一人で動き、朝陽とソフィが組んでいくのが妥当……」
「! ま、待った! 俺が一人で行動するよ! マヤ姉はソフィと同行してあげて!」
マヤ姉が提案した組み合わせに異を唱える。
「朝陽?」
「私とお姉さま……ですか? 出来れば、勇者さまにご同行したいのですが」
俺はマヤ姉の側まで行き、ソフィに聞こえないように耳打ちをした。
「ソフィと一緒に居たら、絶対トラブルに巻き込まれるもん! マヤ姉なら多少のトラブルもへっちゃらだろ!? 引き受けてよ!」
「うーん。それはいいが、しかし朝陽一人というのも心配……む?」
マヤ姉が目を見開く。そして振り返り、今来た道の方をジッと見据える。
なんだろう、何も見えないが。
「…………ふっ。いや、大丈夫か」
「マヤ姉?」
「わかった、私はソフィと谷の方を進む。朝陽は森の方を進んでくれ」
マヤ姉は逡巡したのち、ソフィと共に分かれ道を進むことを決めた。
この心変わりは何なのだろう。
「行くぞ、ソフィ」
「え、でも……私は勇者さまが心配で……」
「朝陽の昔話をいっぱいしてやろう。あれはそうだな、5歳のとき……」
「勇者さまの幼い頃!? ぜ、ぜひお聞かせ下さい、お姉さま!」
マヤ姉は俺のプライベート情報をエサに、上手くソフィを先導してくれそうだ。
でもおかしなことは吹き込むなよ!?
さて、気を取り直して。
俺は一人、森を進んだ。
「レア植物なら、森の方が生えてる可能性高そうだな。見落とさないようにしないと」
けもの道を歩いていると、前方からモンスターが現れた。ゴブリンだ。
「ヒャハー! ニンゲンダー!」
「ゴブリンか、一体なら余裕、余裕!」
オーガ級は詐称だとしても、今の俺は雑魚相手なら互角以上に戦える腕と自信がある。
なにせ、ゴーレム級のグローリアにも剣を一度も振らずに勝った男だから。
しかし、そんな油断が注意を散漫にさせた。
背後の茂みから、もう一体のゴブリンが襲いかかってきたのだ。
「モラッタァァァ!」
「もう一体いたのか!? しまっ……!!」
しかし次の瞬間、燃えさかる業火によって、ゴブリンは一瞬で消し炭にされてしまった。
「ウガッ!? ウゴゴゴ……ゴ……!!」
俺の前方にいたゴブリンも、身体全体が徐々に真っ赤に膨れあがり、最終的に爆散してしまった。
身体の内部から高熱で一気に燃やされた……そんな感じのむごい死に様だ。
「カッカッカ! 無事かえ、アサヒ!」
木の上から、聞き覚えのある笑い声が聞こえてきた。
「キルマリア!?」
キルマリアは宙を舞い、地面に着地をする。
「ゴブリンを秒で屠ったのはキルマリアの魔法だったのか! というか、なんでここにいるんだ!?」
家で酔っ払っていたはずだが。
「なぁに、酔い覚ましの散歩じゃよ」
散歩という距離ではない、辺境の地なんだけども。
心配になって見に来たんだな、このお節介焼きの魔王六将さん。
「あ、そうか。さっきマヤ姉が察したのは……」
「わらわの存在じゃろうな。気配を殺し、数キロメートル後ろから尾けていたのじゃが……まったく人間離れしたヤツじゃよ」
そんな超絶知覚過敏な姉と、一つ屋根の下で暮らしている俺。
どんな物音も寝息も筒抜けかと思うと、めっちゃ怖いんですけど。
「ま、とにかく! わらわが来たからには安心じゃ。進むぞ、クエストとやらをやるんじゃろ?」
「ああ、よろしく」
マヤ姉は居ずとも、キルマリアが居れば百人力だ。
俺は世界最強クラスの用心棒と共に、森を進むのであった。