オシッコ漏らして泣く弟
異世界に転生してきて早一週間。
今日も今日とてクエストを探すべく、俺は冒険者ギルドへと向かった。
「よっ、期待のホープさん! お仕事をお探しっすか?」
快活な黒ギャル受付嬢が声を掛けてくる。
彼女の名前はターニャ。俺と同年代の女の子で、冒険者ギルドの受付嬢をやっている。
「なんだよ、それ」
「てか期待のホープって、意味が重複してないっすかね……?」
「いや、知らんけど」
期待のホープとは一体なんのことだろう。
「この短期間に危険度B~A級のモンスターを何体も狩ってるじゃないっすか。凄い新人が現れたって、ギルドじゃ噂になってますよー」
「えっ、ホントに?」
「最初に仕事を斡旋したのアタシだって、周りに自慢してるっすもん」
ターニャはにひひっと笑った。
褒められて悪い気はしないが、ひとつ問題があるとすれば、その凄い新人の正体は俺じゃないということだ。
そう、モンスターを狩りまくってるのは俺の姉、マヤ姉こと軍場真夜なのである。
なにせマヤ姉ときたら、俺に敵意を向けてきたモンスターをバッタバッタと瞬殺するからなぁ……俺は唖然と見てるか、逃げ惑っているか、端っこでひっくり返っているだけだ。
なのに、最終的になぜかすべて俺の手柄になっているという不思議。
勘のいい俺は、この誤解がいずれ大きな災厄となって俺に降りかかってくるんじゃないかという不吉な予感も抱いている。
それはそれとして、クエストを探そう。
「で、ターニャ。なんか手頃なクエスト入ってない?」
「うーん、キラーラビット討伐とかスライム駆除とかしかないっすね。アサヒくんにはこんな小さな依頼、お願いできないっすよ。また日を改めてもらえます?」
評価が上がってしまったために、低難易度のクエストを受けられなくなってしまった。
いやあの自分、実はまだLv:1なんですけどね。めっちゃ雑魚相手が相応なんですけどね。
これもまた、災厄のひとつなのだろう。
俺は肩を落とすと、冒険者ギルドをあとにした。
シーザリオ王国の首都エピファネイア……この街が俺の異世界での拠点だ。
俺は冒険者として、宿に泊まりながらギルドでクエストを受け、日銭を稼いでいる。
モンスター討伐、護衛や用心棒、アイテムの入手依頼、ダンジョンの調査と探索、迷い人探し…クエストは多岐に渡る。
苦労もあるが、元々俺はRPG大好き少年。こんな日々にやり甲斐を感じている。現実世界では得られなかったやり甲斐だ。
「まあオーク三兄弟を倒した分の報酬はまだあるしな……今日は街をブラブラするか」
大通りを歩いていると、背後から誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえる。
「朝陽ぃー!」
「ぐえっ!? マ、マヤ姉!?」
マヤ姉が背後からハグしてくる。天下の往来で恥ずかしい。
「どこに行っていたんだ! 姉に断りもなく外出するなんて、心配したぞ!」
「ちょ、ちょっと冒険者ギルドに顔出してきただけだって。過保護なんだよ、いちいち」
「むう……可愛くないことを言う」
マヤ姉はぷくーっとむくれた表情をした。可愛い。
「子供の頃は夜トイレにいくたび、「お姉ちゃんついてきて~」と泣いてすがっていたのにな」
マヤ姉はポッと頬を染めながら、子供時代の回想をした。
「ぐっ……あったけども……!」
実際にあった自覚はバリバリある。
「結局間に合わず、オシッコ漏らして泣く弟……ああ、それもまた良き思い出だ」
「い、いつの話してんのさ!?」
俺も顔を上気させてしまう。
「それより大変だ、朝陽。今晩、宿に泊まる分のお金がないぞ」
「え、うそ! 1400マニーはあったはずだろ!?」
向こう1週間は大丈夫なくらいの貯蓄はあったはずだが。
マヤ姉の脚元には、中身がいっぱいに詰まった大きな麻袋が置いてあった。
「ちなみにマヤ姉……その麻袋は一体……?」
「これか。朝陽に万一のことがあったらいけないからな」
ドサッと麻袋の中を開ける。中からは大量の回復薬が出てきた。
「ポーション20個、毒消し20個、目薬20個、気付け薬20個、石化薬20個、エーテル20個……」
「業者かよ!?」
全力でツッコんだ。
「序盤のフィールドでそんな状態異常仕掛けてくるモンスターいないから! 石化とか中盤以降に出てくるバジリスクくらいしか使わないから! エーテルなんて持ってても勿体なくて結局温存するヤツだから!!」
「そうなのか? だが備えあれば憂い無しだ」
マヤ姉は弟の怒号など意に介さず、あっはっはっと笑っている。
俺の姉はそこまでRPGに明るくないため、そういうお約束がわかっていないのだ……
「今日は野宿だな…」
それもまた冒険者っぽいか、そう前向きに思うことにした。