弟を守る姉の強さは偉大
ワイバーンに追われ、絶体絶命に陥った俺の元に突如現れたのは姉の真夜だった。
親の顔よりよく見た顔だ。これは文字通り、本当に。
というか思いっきり「朝陽」と俺のことを呼んでいるし、どう考えても俺の姉だ。
なぜここに姉が現れる!?
俺は困惑した。
マヤ姉はスカートを翻しながらスタッと着地すると、ワイバーンと対峙した。
女子高生VSワイバーン……いまだかつて見たことがない異種格闘技戦だ。
「弟の呼び声に導かれて馳せ参じてみれば……貴様か、朝陽をいじめる輩は」
今初めて見るであろう異形相手にも、まったく臆さぬマヤ姉。剛胆にも程がある。
ワイバーンはまたもガポォッと口を開くと、姉に向けて火球を放った。
「マヤ姉、危ない!!」
「フッ!」
しかし弟の心配などよそに、マヤ姉はその攻撃を事も無げに避けてみせた。
10メートルは跳んだだろうか、信じられない跳躍力である。
「は!?」
俺は目が点になった。
俺の姉は確かに運動神経抜群だ。超高校級の身体能力と言っていい。
しかし今の動きは、高飛びのオリンピック記録を何倍も上回るものだ。
ハッキリ言って、人間の動きじゃない。
その異変は、当の姉自身も感じているようだ。
自分の身体を確認しながらボソリと呟く。
「身体が軽い…! それに…なんだ…?」
マヤ姉の周囲にオーラが出現する。
「マヤ姉の身体の回りに蒼い渦が……あれ、魔力か……!?」
「力が……叡智が溢れてくる……! なるほど、これなら……この力があれば……!」
ワイバーンが再び姉に迫っていく。
マヤ姉は不敵な笑みを浮かべると、拳を構え、ワイバーンに”アッパーカット”を食らわせた。
「弟を守ることが出来る!!」
魔力を乗せた鉄拳を浴び、遠く彼方へと吹っ飛んでいくワイバーン。
数秒後、300メートル向こうの岩壁に、ドゴォォォ!という轟音と共にワイバーンは叩きつけられた。
血溜まりと肉片が広がっている様子が、ここからでも視認できる。
この姉、ワイバーンを300メートル殴り飛ばして一撃死させたのだ!
とんでもねえ!
「ふん…他愛ない」
姉は拳を振り上げながら、吐き捨てるように言った。
その惨憺たる殺戮ショーを目の当たりにし、俺は唖然呆然。
俺がやって来た世界はファンタジー世界ではなく、ドラゴ○ボールの世界だった…!?
マヤ姉はクルッと振り返ってこちらを見ると、剣呑とした表情から一転して喜色満面、俺の元へと駆け寄ってきた。そして強く抱きしめてきた。
「朝陽ぃー! お姉ちゃん、会いたかったぞー!!」
「わわ、マヤ姉!」
「ああ、可愛い! 可愛いが過ぎるぞ、朝陽!」
「く、苦しいって!」
先ほどまでの修羅のような姉はどこへやら、すっかりダダ甘お姉さんである。
「それより、なんでマヤ姉まで異世界にいるんだよ!?」
愛が強すぎる抱擁を解くと、俺は姉に質問した。
「フフフ…よくぞ聞いてくれた」
マヤ姉は経緯を語り始めた。
「朝陽が事故に遭い、昏睡状態に陥って…姉である私は気が気でなかった。毎晩濡らしたよ、涙で枕を」
よほど心配を掛けたのだろう。俺は申し訳なく思った。
「しかし、病床の朝陽の様子はどうだ。異世界があーだこーだとうわごとを繰り返し、時折楽しそうに微笑んでもいる。”事故をきっかけに、朝陽の魂は異世界へ旅立ったのでは……?”……私はそういう仮説を立てた」
そういうトンデモ仮説を立てられる姉も凄い。
「なので壁にガンガン頭を打ち付けて私も昏倒し、こうして朝陽の後を追いかけてきたのだ!」
姉はニカッと笑いながら、グッとサムズアップしてみせた。
「後追い自殺じゃねーか!!」
この姉、ヤバすぎる!
先ほどのマヤ姉の説明で、俺はハッとあることに気付く。
「ま、待った! 昏睡状態って言った? お、俺……向こうでまだ生きてんの……!?」
「ああ。意識は戻っていないがな」
その言葉を聞き、俺はその場にヘタリと座り込んだ。
「そうか……俺はまだ生きているのか……はは……」
生への強い未練は不思議と今までなかったが、それでもまだ自分は生きていると聞いて、心底から安堵する俺であった。
「それにしても…ふむ。ここが異世界か。興味深い世界だな」
マヤ姉は周囲を見渡しながら、そう言った。
「なんでマヤ姉はあんなデタラメに強かったんだ……? さっきのワイバーンって言って、異世界だとメチャクチャ強い類のモンスターなんだけど」
「弟を守る姉の強さは偉大……そういうことだろう」
「説明になってなくない!?」
本当になっていない。
「さあ、朝陽。行こう」
姉が手を差し伸べてくる。私たちの家に帰ろう、ということだろう。
異世界生活ももうおしまいか。
散々な目には遭ったけど、名残惜しいな。
「帰ろう、マヤ姉。俺たちの世界へ……!」
俺は姉の手を取った。
「ところで朝陽、どうやって帰るんだ?」
「…………」
少し間を置いて、俺は全力でツッコんだ。
「帰り方わからんのに、自傷してこっち来たんかーい!!!」
しかし姉は動じることなく、あっはっはと笑いながら返す。
「当然! 朝陽の無事を確かめることが一番! それ以外のことなど二の次だ!」
この姉、ヤバすぎる!(5分ぶり二度目)
「帰り方が分かるまで、姉弟で逞しく生き抜いてやろうじゃないか!」
マヤ姉は楽しそうにそう言った。
頼りになるのかならないのか、よくわからない我が実姉よ……
☆
こんな経緯を経て、姉同伴の異世界生活は幕を開けたのであった。